File No. 04 研究テーマ
萩尾作品におけるバレエ―萩尾「バレエ・パレット」を理解する試み―
  
ムーブメント 〜はじめに〜

 

 常々、萩尾さんの作品には独特の動きがある、と思っていた。
 絵の中に、空気の流れというか、吹いてる風を感じるような。
 それはどことなく音楽的で、聞こえない筈の音が聞こえてくるような
 気さえする。
 
 例えば、『銀の三角』クライマックス
 マーリーがマーリーを殺し 運命の糸をほどいた瞬間
 こぼれ溢れだしたパントーの歌のイメージ。
 見開き2ページの画面から宇宙的で壮大な音楽が流れ出してくる。
 実際の音には出来ない、まさに作者と読者の共鳴だけが生み出す音楽。
 
 例えば、『海のアリア』最終話におけるダリダンへのレクイエム
 ベリンモンを通してアリアドが生み出した音楽のイメージ。
 現実に地球にある音では再現出来ないだろう、
 はるかに広がっていく
 星の音のような、懐かしい海から寄せてくるような、不思議な美しさ。
 こんな風に音楽を視覚化出来る方というのはざらにはいない。
 
 ある日、所属してるアマチュアオケの練習中に指揮者が言った。

「英語で楽章のことをムーブメント、と言うだろう? 音楽は常に動いてる。
 この音がどこに向かって動いてるのか方向性を常に感じながら
 やらなくては・・」

 ムーブメント!
 そうか、そうだったんだ。
 萩尾作品と音楽を結ぶキーワードはこれだったんだ。
 上述の2作品のように音楽に絡んでいない作品でも
 音楽的な何かをいつも感じるのは、
 萩尾さんのペンから生まれる「ムーブメント」からなんだ、と。
 
 音楽記号で「長く伸ばす」意味の「フェルマータ」の記号は
 向こうでは「バスストップ」のしるしでもあるんだそうだ。
 バスストップではバスは動きを止めていない。アイドリングしたままで
 そこにいったん駐るだけ。
 だから一つの音をただ伸ばすんじゃなくて、伸ばしてる中に動きを感じて
 いる、アイドリングしたままそこに留まるのがフェルマータ。
 萩尾さんの描く一つ一つの線、人物が座っていたり、歩いていたり
 立ち止まっていたりする中にも常にこれと同じように、生きてる人間の
 呼吸、周囲の風、などが感じられる。
 そうしたムーブメントを持つ萩尾さんが、音楽と結びついた身体表現である
 瞬間の芸術、バレエに魅せられて関心をもたれ、作品も描かれるのは
 自然なことだと思う。
 そうして、萩尾作品を通してバレエという芸術にも近づいていけたら
 面白い。

【萩尾作品におけるバレエ】―萩尾「バレエ・パレット」を理解する試み―

contents 

VOl.1 『フラワー・フェスティバル』

VOl.2 『青い鳥』(PFコミックス所収作品)
        
「海賊と姫君」 「青い鳥」「ジュリエットの恋人」

VOl.3 『ローマへの道』

VOl.4 『感謝知らずの男』(PFコミックス所収作品)
        
「感謝知らずの男」Part1 「感謝知らずの男」Part2
          「オオカミと三匹の子ブタ」「狂おしい月星」

 

【番外編】

    萩尾望都が語る“私がバレエものを描いた理由”
    『クレア』1992年9月号「THE 少女マンガ!!」より

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文:天野章生/作成日:1999/9/29 更新2001/4/7

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