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the Name of Love
――親が子に最初に与えるもの、それは「名前」という名の運命である。――
あの物語の結末は、すべて「名前」によって最初から運命づけられていた?
萩尾望都『残酷な神が支配する』キャラクター・ネーミング考察
dotIan.................... "God is gracious"
dotJeremy........... "Exalted by God"
dotGreg................. "Vigilant, watchful one"
dotSandra............ "Helper and defender of mankind"
dotLiliya.............. "Capriciousness of fate" "Defender of peple"
dotMatt................ "Gift of Jehovah"
dotNatasha......... "Birthday or natal day"

dotNadia.............. "Hope"
dotMarjorie........ "A Pearl"
dotLyndon............ "Dweller at the linden tree hill"
dotValentine...... "Strong, valorous, healthy"
dotEric.................. "Ever powerful, ever-ruler"
dotClair................ "Brilliant, bright, illustrious"
dotLorenzo.......... "Lourel-crowned one"

dotBibi................. "Lady"
dotSharon........... "A Plain"
dotDebby............. "The Bee"
dotCass................ Cash→"Vain one"
Caspar→"Treasure-master"
dotWilliam......... "Resolute protector"
dotPenelope........ "Weaver"

LAREINA RULE『NAME YOUR BABY』(c)BANTAM BOOKS

Roland Family in Lynn Forest---ローランド家の人々
イアン【Ian】
"God is gracious":神は慈悲深い

 これを調べた当時は、イアンが「神」の役を負い、ジェルミを直接的に救うという図式を思い浮かべた。そして絶望を極める物語展開に一縷の光を見たのだが、完結を知った今となっては少々見解を変えた。イアンは決して「神」ではなく、「神の慈悲深さ」の象徴だったのだと今は思う。神は常に生贄を欲しがり、また同じ手で、生贄の側近くに彼のような者も置く。タイトルと真逆を示す意味が、暗にイアンよって提示され、このふたつを合わせて物語の根幹を成すのではないだろうか。
 この名は「St.John」という聖人も意味するとのことである。余談だが、精神の緊張やストレスの緩和などに調剤される錠剤に「St.John's 錠」というのがあるそうである。



[IAN] Scottish Gaelic:Iaian "God is gracious." See john.
[JOHN] Hebrew:ehokhanan. "God is gracious." St.John the Apostle and St. John the Baptest.
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ジェルミ【Jeremy】
"Exalted by God":神によって高められた

 「高められた」と直訳すると、完結を見るに意見はわかれるところであろうが、彼が「神に選ばれた」ことには間違いはない。それが結果、高みに上ることになるのかどうかというのは、物語のラスト以降の話であり、判断はできない。私としては、ジェルミにこの名がつけられていることが作者の…彼の試練を逐一目撃し、何もできずにいた読者への…メッセージだと思っている。



[JEREMY] Hebrew: Yirm'yah "Exalted by God." A modern form of Jeremiah.
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グレッグ【Greg】
"Vigilant, watcthful one":寝ずに番をする、警戒する

 永眠してなお、元いた世界を「番」し続けたグレッグである。これを調べた当時は「警戒する」という意味が今ひとつ理解できなかったが、ラスト近く、彼の若い時期の宣言をイアンが見るシーンによって「寝ずに番をする」の意よりも大きく私を唸らせた。彼は常に自分の理想を壊すものを警戒し、守ろうとするあまりに攻撃し、崩壊してしまった。まさか彼に対してこのようなある種の悲しみを見ることになろうとは、思いもよらなかったと感慨深い。



[GREGORY] Latin:Gregorious." Vigilant,watchful one"
English Nicknames: Greg, Gregg



サンドラ【Sandra】
"Helper and defender of mankind":人類の救助者、擁護者

 一番衝撃を受けたネーミングは実にこの名である。人類の、というのは大げさにしても、この「擁護者」という意を、未だ反語的・皮肉的な意味合いに取るべきか、それとも言葉通りに取るべきかと迷う。しかし考えさせられるぶん、彼女のキャラクターはより深く考察しがいがあるともいえる。ジェルミの母(擁護者)であろうとしてなれなかった人、というふうに見るとラストの墓参のシーンでの“キス”が痛い。



[ALEXANDRA] Greek: Alexandros." Helper and defender of mankind"
English Nicknames: Alex, Alexa, Alexine, Alexis, Alla, Lexie, Lexi, Lexine, Sandi, Sandie, Sandy, Sandra, Zandra



リリヤ【Liliya】
"capriciousness of fate" "defender of peple":運命の気まぐれ、人類の擁護者

 この名には二つ意味があり、どちらも興味深い。マットを巡る一連のことも、その後の結果に関してもまさに「気まぐれな運命(=偶然)」に翻弄され、最悪の結末を辿った人だった。
 もうひとつはサンドラと同義である。彼女はロシア系だが、ロシア語で「Liliya」は百合の花を指し、聖母マリアを意味するそうである。聖母マリアもまた母でありながら子に対する親密な母性には乏しい。
 このイメージは、この物語に登場する「母」への統一見解なのだろうか。



[LILA] Hindi: "capriciousness of fate." "defender of peple."
Also: liliya



マット【Matt】
"Gift of Jehovah" :イエスの贈り物

 子は良くも悪くも「神の贈り物」であり、彼という贈り物によってグレッグ&リリヤ夫妻が崩壊したことを思えば、まさに『残酷な神』の仕業と言える。
 これだけ見ればなんとせつない名かと思うが、それは一側面から見ただけの結果である。こういった運命を背負いつつも、彼なりの自立の道を歩む頼もしい姿は作中でも随時描かれている。
 神はやはり、残酷でもあり慈悲深くもある。



[MATTHEW] Hebrew: Mattithyah. "Gift of Jehovah."
English Nicknames: Mat, Matt, Mattie, Matty
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ナターシャ【Natasha】
“Birthday or natal day”:誕生日

 これも、調べた当時はまったく意味が汲めなかった名である。ただ、完結を見てから思うことは逆に多かった。慟哭し、そこから明らかに解放の段階までたどり着いたところまで作中で描かれているこの人だけに、「生まれ変わる」という意味合いでの名かもしれないと思うと非常に相応しい名前にも思える。



[NATASHA] Russian variant of Natalie.
[NATALIE] Latin: Natalis. "Birthday or natal day"
Foreign Variations: Natasha(Russian)
Around the Forest---周辺の人々
ナディア【Nadia】
"hope":希望

 礼拝堂での初登場、彼女はまさしくジェルミにとっての“希望”だった。あの登場を思うと、後に見せる様々なリアルな表情は意外であり、作者の単純でない人物描写に唸らされたものである。ラスト、彼女にもうすぐ子供が産まれるというエピソードが語られるが、この物語を通過した上で「家庭を持ち、子を為す」という選択をした彼女が“希望”という名であることに、私は素直に感動した。


[NADIA] Russian: "hope"
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マージョリー【Marjorie】
"A Pearl":真珠、貴重なもの

 真珠というものは、他の宝石類と違って研磨を必要としない。真珠は堅い貝殻の中で守られ育ち、ありのままの姿で人を魅了する。まさしくマージョリーそのものといえる。
 ジェルミは、率直で素直な彼女との関わりを、貴重な「安心」を覚えるものとして心底大切にしていた。
 彼女はとても死に近いところにいる、とはジェルミの談だが、真珠の育まれる海の底の静けさは、死のそれとも近しい。海は常に生命の環をつなぐ、起点であり終点である。


[MARGARET] Latin: Margalita. "A Pearl."
English Variations: Margareta, Margalita, Margery, Margory, Marget, Margalo, Marjorie, Marjory, Miriam



リンドン【Lyndon】
"Dweller at the linden tree hill":菩提樹の丘の住人

 何かの逸話か故事による意かもしれない。残念ながら私にはそのへんのことがわからないのだが、それでもこの意から受ける「傍観者」的イメージは、彼にとても似合っていると感じる。また、彼は常にイアンの側からの見地でこの物語を見据え、最後までその場所を出ることはなかった。菩提樹といえばイアンがシューベルトの「菩提樹」を歌うシーンは物語の核たる名シーンである。


[LYNDON] Old English: Linddum. "Dweller at the linden tree hill."
English Variations: Lindon
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バレンタイン【Valentine】
"Strong, valorous, healthy":強い・健全、勇敢、(精神を含め)健康
エリック【Eric】
"Ever powerful, ever-ruler":常なる支配者

 物語の中盤、ずっとジェルミを支えていたのはバレンタインである。ジェルミと同じく辛い試練を受けカウンセリングを必要とする“病人”であったわけだが、不思議とこの「健全」という意は彼女にしっくりと結びつく。魂の健康さのようなものが備わっていたキャラクターであった。
 双子の兄エリックについては、バレンタインにとって神だったと彼女自身が語るシーンがあり、少なくとも彼女にとってエリックは「常なる支配者」だったといえよう。


[VALENTINE] Latin: Valentinus. "Strong, valorous, healthy"
[ERIC] Old Norse: Ei-rik-r. "Ever powerful, ever-ruler."



クレア【Clair】
"brilliant, bright, illustrious":光り輝く、華々しい

 ナディアとマージョリーの母、クレア。未だ現役バレリーナとして舞台に立ち、バレエ学校を経営し、若い恋人を連れ歩く彼女。まさに彼女にとって人生は常に華やかな光の中にあったろう。彼女にとっては地味だったろうナディアの性質や、心を病むマージョリーに理解がなかったのも無理はない。光の中にあると、影は見えないものなのである。そんな彼女であるが、サンドラやリリヤと比べると不思議と「母らしい」印象がある。彼女の名には「擁護者」の意はない。


[CLAIR] See Clala.
[CLALA] Latin: "brilliant, bright, illustrious."
English Variations: Clair, Clare, Clarette, Clarinda, Clarine



ロレンツォ【Lorenzo】
"Lourel-crowned one":月桂樹の冠を被った人、勝利者

 クレアの恋人ロレンツォ。彼についての詳細なエピソードは少ないのだが、クレアと交際しつつ他に恋人を持ったり、常に自信に裏打ちされた強気な言動をしているキャラクタ ーである。そんな彼のかれこれの人生が、ある種の「勝利」に彩られたものであったことは想像に難くない。
 勝利の数だけ敗者を見てきたからだろうか、意外にも彼の発言はさりげない配慮や優しさに満ちている。


[LAWRENCE] Latin: Lawrens. "Lourel-crowned one."
Foreign Variations: Lorenzo (Italian, Spanish)

The Outside of Forest---その他の人々
ビビ【Bibi】
"lady":淑女

 シンプルだがヘヴィな意だ。ジェルミにとって彼女は、常に手を伸ばせば届く距離にいて、かつけっして触れることのできなかった特別な「lady」であった。



[BIBI] Arabic: "lady"



シャロン【Sharon】
"A Plain" :普通の、飾り気のない

 ローランド家の使用人。当初は随分と打算的な胡散臭い人物として描かれていた彼女だが、蓋を開けてみればただ情にほだされやすい性質のようで、後にはナターシャの身の回りの世話なども引き受けていた。彼女はごく自然に(ほどほどの)打算や悪意を抱き、同時ごく自然に善意も持つ。そこに矛盾はなく、「普通の」人々とは得てしてこういったものなのである。



[SHARON] Hebrew: "A Plain"
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デビー【Debby】
"The Bee":ミツバチ、よく働く人

 グレッグが社長を務めるローランド商事の秘書として働いていた女性。サンドラに、グレッグとの関係を疑われたために退職。
 その名のとおり「よく働く」有能な秘書だったと描かれている。しかし、サンドラにとって彼女は、これ見よがしに羽音を響かせグレッグの周囲をうるさく飛び回るミツバチに思われたかもしれない。



[DEBORAH] Hebrew: "the bee"
English Nicknames: Deb, Debbie, Debby, Debs
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キャス【Cass】
Cash→"Vain one":つまらないもの
Caspar→"Treasure-master":宝物の主

 「キャス」はCashとCasparという二つの名の愛称となっている。彼のファーストネームがどちらかというのは作中ではわからないし、ふたつの名の意味が真逆であるのも面白いので併記してみた。どちらが彼というキャラクターに相応しいか、皆様の判断にお任せする。



[CASH] Latin: Cassius. "Vain one." English Variation: Cass
[CASPAR] Persian: Kansbar. "Treasure-master." English Nickname: Cass



ウィリアム【William】
"Resolute protector":断固とした後援者

 ジェルミの寄宿学校時代の同級生。これもまたこれ以上無いほどぴったりのネーミングである。グレッグ生存時、ジェルミにとって唯一の逃げ場であった寄宿学校ではあったが、そこになんら救いがあったわけではない。そんな中、何があっても揺るぎなくジェルミを心配し、気遣っていた「後援者」たる彼は、後にマージョリーの担当も受け持つようになったようである。



[WILLIAM] Old German: Willi-helm. "Resolute protector"



ペン【Penelope】
"Weaver":(物語などの)紡ぎ手

 ジェルミの担当カウンセラー。登場時から、我々萩尾望都研究室の面々の間で、このキャラクターは作者・萩尾望都の自己投影なのでは、とよく話題に上っていた。彼女の漏らす「ついイライラする」「痛い痛い 彼と距離をとらないとわたしがつらい」「家へ帰ってお茶を飲みたいわ…」といった本音は、まるでこの物語に対する作者のそれのようだと。
 …そう思ってから、思い立って意味を引いたのである。そしてこの結果。我々がどれだけ色めきたったかおわかりいただけると思う。



[PENELOPE] Greek: "weaver"
English Nicknames: Pen, Penny, Penina, Penine



[終わりに]

  前文にもある通り、この作業のほとんどは98年の時点でなされている。完結を知らない段階でこの内容を知った我々には、ある種の秘密をのぞき見るような興奮があったのは事実だ。それを皆様と共有できなかったのは残念ではあるが、完結を見てから、あるいは完結から少々時をおいた今だからこそ感じる印象もあるし、かたちになったそのときが「時機」であったと今は思っている。
 また98年当時には未だ登場していなかったキャラクターもいる。とくに「ペン」の一件は大きく、これが無ければ、この考察はこうしてサイトでの発表とならなかっただろう。
 “物語の紡ぎ手”は、最後に余った糸で当サイトの為に「きっかけ」を編んでくれたのかもしれないとも思う。
 最後までおつきあいくださった皆様へ、深い感謝を。

岸田志野(2002.3.29)

参考文献:LAREINA RULE『NAME YOUR BABY』(c)BANTAM BOOKS
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