File No. 03 研究テーマ
なぜ彼女はすぐ足を上げたがる?〜萩尾的“ダンス表現”の系譜1969-2000〜

これもダンス、あれもダンス??
―69年から71年まで―

小学館から出版されている萩尾望都作品集は旧版(赤本)と新版(白本)でページが異なります。
今回の研究には新版を使用しています。

印のコメントはダンスとは直接関係ないですが、
その作品の表現面でのポイントです。あわせてお楽しみください。

case01
ルルとミミ
1969年
デビュー作。 ダンスシーンそのものは見ることはできないけれど、
そのかわり
ドタバタと変なポーズをとっている人物が大勢登場する。

 

サンプル
作品集第1期1巻『ビアンカ』所収/P18、20、21 
★ふわふわと飛んだケーキが“ぱん!”とわれる〜手塚治虫直系のモブシーン

case02
すてきな魔法
1970年
トランプは踊る。少年と少女も踊る。
記念すべき「萩尾ミュージカル」の第1作。 萩尾ミュージカルの要素は歌(詩のようなものの時もある)と踊り。画面の中で歌い踊ることで登場人物たちはその心情を表現してゆくのだ。それは意図してそうしたというよりも、自然に筆が進んだと思われる。

 

サンプル
作品集第1期1巻『ビアンカ』所収/P32-33
★アンの前に現れた転校生ジョーイもまた、トランプを自在に操る。
 「奇術は奇術 そうさタネがありしかけがある でもぼくのは魔法」
/P45-50
★ジョーイの家に行ったアンを待っていたものは…
 「とびらが …ひらくよ …とびらがひらくよ」

case03
クールキャット
1970年
音符は踊り、ネコは歌う。歌うことが作品テーマのひとつ。

 

サンプル
作品集第1期1巻『ビアンカ』所収/P79-81
★ミスター・グレープルの家でクールキャットがピアノに合わせて歌う場面。

case04
爆発会社
1970年
萩尾お得意のドタバタコメディ。物語後半の主人公2人の追いかけっこシーンでの大胆な構図がダンスの代わりか?

 

サンプル
作品集第1期1巻『ビアンカ』所収/P112-113
★ディビーと爆発屋ジェイミーが鐘を鳴らすシーン。

case05
ビアンカ
1970年
作品中で初めてはっきり「踊る」。

引きつけのあるメインのポーズを、萩尾さんならではの動きの一枚絵で見せた初めての作品。この絵がなかなか思うように描けず、何枚も書き直したというエピソードもご自身で語られている。(CD-ROM「サンクトゥス」参照)

 

サンプル
作品集第1期1巻『ビアンカ』所収/P128 ★森の中で一人踊るビアンカの1枚絵

case06
ケーキケーキケーキ(原作/一ノ木アヤ)
1970年
扉絵では登場人物が手を広げ、足を上げたりして映画「ウエストサイドストーリー」ばりに元気良く踊っている。時を越えていまだ人気が高い一作であり、読むと元気の出る作品であるが、それは全編に漂う楽しいミュージカルな香りも理由かもしれない。 しかし、この作品は実際には登場人物が踊り出したりはしない。なのにそのテイストに「ミュージカル」を感じるのは何故なのだろう。

 

サンプル
作品集第1期3巻『ケーキケーキケーキ』P6-7 
★扉絵でミュージカル風ポーズ

case07
ベルとマイクのお話
1971年
スケートが物語の素材として扱われ、全編にわたって少年と少女の様々なダンス的ポーズのバリエーションがある。

 

サンプル
作品集第1期1巻『ビアンカ』所収/P168 
少女を小鳥に見立てた幻想的なイメージカットもダンス的。

case08
雪の子
1971年
非常に静かな物語であり、ダンス的ではないが、ラスト近くの見せ場のシーンでは優雅な決めのポーズで魅せる。

「雪の子」は後の萩尾さんのイメージを象徴する“美しい少年”というモティーフが初めて登場する作品。
当時の少女漫画界において、この独特の内省的なキャラクターとしての少年の描かれ方は非常に画期的であったと思われる。この作品で初めて少年同士の関係(この作品では実際は少女だが)というものが提示される。
そして同じく71年の後半には少年たちを描いた名作「11月のギムナジウム」が発表される。

サンプル
作品集第1期1巻『ビアンカ』/P202 
★女の子の姿に戻った主人公エミールの決めポーズがレベランス的

case09
ジェニファの恋のお相手は
1971年
初期コメディでは、開放的な楽しいポーズが満載。萩尾コメディの画面の楽しさには、手足のコマメな動きが一役買っているのは間違いなしだ。この作品ではジェニファがロンリーに「踊りに行かない?」と誘われ、ディスコでダンスしている。
サンプル
作品集第1期2巻『塔のある家』所収/P89-90 
★ジェニファとロンリーのダンスシーン

case10
精霊狩り
1971年
ダーナが空中を飛ぶシーンはまるでバレエのような美しさである。女の子が意味もなく足をやたらに上げたがる最初の作品ではないか? 「精霊狩り」「ドアのなかのわたしの息子」「みんなでお茶を」の“精霊狩り3部作”は、SFだがミュージカル風の決めポーズが多く、初期のダンス作品として認識されている向きも多いのではないだろうか。
サンプル
作品集第1期13巻『11人いる!』所収/P130 
★ダーナが空を飛ぶシーン。
/P149 
★「精霊狩り」といえばこのカットを思い浮かべるひとも多いだろう。カチュカとリッピが唐突に足を上げて踊る。ここでこのポーズを取る必然性は、ミュージカルだからという以外にない。(ちなみにカチュカのモデルは竹宮恵子、リッピは増山のりえのイメージであり、大泉サロン時代が彷彿とされる)

case11
白き森白き少年の笛
1971年
画面レイアウトも大胆になり、構図も変化に富んだ作品。
ダンスシーンはないが、それに等しい動きがみられる。

物語としては地味だが、画面の視点の上下垂直の構造がドラマティックに演出されている。
この時期の萩尾作品で大きく扱われるポーズの数々は、当時の少女漫画に求められ、皆が描いていた、話の流れとは関係ないファッションポーズやお姫様絵ではなく、
話に重要な、しかし冷静に見てみると
変な動きの絵であることが多い。特にこの「白き森白き少年の笛」はクライマックスのP82も画面にお尻をむけている後ろ向き少年の落ち姿である。普通は大きく描かない(描けない?)アングルであろう。
しかし、それがなんとも魅力的でかわいらしく大胆で、萩尾の初期作品好きにはたまらない絵であることは間違いない。
サンプル
作品集第1期4巻『セーラ・ヒルの聖夜』所収
/P63
★森の木々がコマごとに左右に流れて踊る視点の変化〜絵のリズム感
/P64、65
★見開きぶち抜きの大ゴマ〜絵と言葉のリズム感
「だあれ?だあれ? あたし追っかけているのよ ちょっとだけ待って ねえ だあれ?」
/P70
★井戸に落ちそうになる少女をまるでリフトのようにかかえる少年

/P82
★井戸に飛び込む少年


case12
11月のギムナジウム
1971年
ダンスシーンはない。
そのかわりに、
殴る蹴るひっぱたく階段から落ちるといった少年の動くポーズがもりだくさん。抱きつくなどのからみのシーンもある。

この作品で萩尾独特の“回想重ね描きヒトコマカット”が完成されたのではないか(作品集第1期4巻『セーラ・ヒルの聖夜』所収/P134)。
それはさながら映画のフラッシュバック手法。
それまで物語で積み重ねたイメージを1コマで読者に見せてしまい、更にモノローグとも地の文とも判別つかない言葉を重ねることで、そのシーンにいっそうの深みと味わいを醸し出す。その詩情はため息がでるほどみずみずしい。
この手法は同じ年に先駆けて発表されている「塔のある家」(作品集第1期2巻所収/P120)にも試みがあり、「小夜の縫うゆかた」(作品集第1期2巻所収)は全編がそれといってもいいかもしれない。
このヒトコマをリズミカルに演出する手法も、広い意味での萩尾独特の
変型ダンスシーンなのではないか・・・というのは、考え過ぎだろうか?

サンプル
作品集第1期4巻『セーラ・ヒルの聖夜』所収/P116
★草原でエーリクにトーマがしがみつくシーン。この構図も普通はこうは描けない。

 
case13
セーラ・ヒルの聖夜
1971年
ダンスシーンはないが、お得意の“おいかけっこ”“飛び移る”“抱きすくめる”など動きのあるシーンは随所にみられる。
サンプル
作品集第1期4巻『セーラ・ヒルの聖夜』所収/P194
★橋を渡り落ちそうになるキャロンを助けるクリス。大技である。

 
さてちなみにこの時期の世間の少女漫画は? 
 
71年の主な発表作品:
 大和和紀「モンシェリcoco」、池田理代子「桜京」、西谷祥子「不良先生」、のがみけい「ナイルの鷹」、
 山岸凉子「アラベスク(第一部)」、竹宮恵子「ヒップに乾杯!」、美内すずえ「13月の悲劇」など

 

資料作成:小西優里 / 作成日:1999/10/1 更新2001/4/7

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