萩研的『残酷』支援計画2001 『残酷』をもっと読み込むために/巻末脚註・図書の家版
   
 
『残酷』をもっと読み込むために
巻末脚註・図書の家版/データ集II 7巻〜17巻まで

担当研究員:天野章生
初回アップ:2001/4/15

最終更新:2002/3/31

データ集I  1巻〜6巻まで


  no.
項目
内容
出典
引用及び参考出典
備考
 
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R.シュトラウス
「ばらの騎士」   R. シュトラウス 楽劇『ばらの騎士』組曲 他 アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団  
Johann Straus(1864-1949)ドイツの作曲家。代表作に交響詩『英雄の生涯』『ティル・

オイレンシュピーゲル』他

台本/フーゴー・フォン・ホフマンスタール。1911年ドレスデンで初演。物語の舞台は18世紀、女帝マリア・テレジア治下のウイーンの貴族社会。元帥ヴェルデンベルク公爵夫人マリーテレーズと逢瀬を重ねる年下のオクタヴィアン伯爵。二人の甘い朝にオックス男爵が訪ねてくる。夫人のいとこにあたる彼は粗野で好色な男だが、金持ちの新興貴族の娘ゾフィーとの婚約のしるし"銀のばら"を届ける"ばらの騎士"の人選を相談に来たのだった。夫人はオクタヴィアンを推薦し、彼は婚約の儀式の日にゾフィーの元に輝かしい騎士の衣装で現れると、二人は一目で恋に落ちる。品のないオックス男爵との婚約を拒んだゾフィーに救いを求められ、計略を巡らせ婚約を破棄に持ち込んだオクタヴィアンとゾフィーの愛の成就に、夫人も祝福を与える。 *ナディアが飼ってる猫の名前がオクタヴィアン。全体に甘い音楽で、ロマンティックな歌劇。

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ヘミングウェイ
「キリマンジャロの雪」   『誰がために鐘は鳴る/キリマンジャロの雪/他』ヘミングウェイ著 大久保康雄訳 河出書房新社  
Ernest Hemingway(1899-1961)アメリカイリノイ州生まれ。『日はまた昇る』(1926)『武器よさらば』(1929)など代表作多数。『老人と海』でノーベル賞受賞(1954) 下記の一節で始まるこの小説はあまりにも有名。

「キリマンジャロは、高さ1970フィート、雪におおわれた山で、アフリカ大陸の最高峰といわれている。西側の頂上はマサイ語で"Ngaje Ngai"(神の家)と呼ばれている。この西側の頂上に近く、凍結せる豹の死体が横たわっている。このような高所まで豹が何を求めてやってきたのか、だれも説き明かしたものはいない。」
物語は作家自身の自虐的な回想を象徴的な幻想と織り交ぜて描き出したもの。そのヘミングウェイも猟銃の暴発という事故(自殺とも言われる)で亡くなっている。

*孤高の豹が"神の家"の近くに死して横たわる、一体何を求めて…という出だしの鮮やかな一節。ジェルミの印象にも強く残っていた物語だったのかもしれない。

吉田秋生さんも『バナナフィッシュ』の中でこの冒頭部分を使っている。

 
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マーク・トゥエイン
ハックルベリー   『ハックルベリ・フィンの冒険』勝浦吉雄 訳 文化書房博文社ISBN4-8301-0834-7  
アメリカの国民的な人気作家(1835-1910)

代表作は他に『トム・ソーヤの冒険』『王子と乞食』

マーク・トゥエインが生んだ代表作の主人公の名前。「明るい作家もいるぞ」と教師が挙げる名前なのだが、物語はユーモアに満ちてはいるが、明るいばかりではない。      
 
18
アーウィン・ショー
     『夏服を着た女たち』常盤新平 訳 講談社  
アメリカの人気作家(1913- )ニューヨーク生まれ(ユダヤ人作家)

代表作『湖畔の情事』『富める、貧しき者』主に短編。第二次大戦後は『若き獅子たち』という長編(戦争モノ)などベストセラー多数。

特に作品名は出てこないが、アメリカを代表するベストセラー作家。短編『夏服を着た女たち』は中田耕二氏の訳で「それいゆ」に載ったこともある。都会的・洗練された作風。『富める、貧しき者』は『リッチマン・プアマン』のタイトルで連続テレビドラマにもなっていて、NHKでも放映されたそうだ。   短編集。 *アーウィン・ショーはわれわれはみなヘミングウェイの息子だよ」と語った。
 
18
サリンジャー
「ライ麦畑でつかまえて」   『ライ麦畑でつかまえて』J.D.サリンジャー著 野崎孝訳 白水社ISBN4-560-07051-2  
アメリカの人気作家(1919- )ニューヨーク生まれ。ユダヤ人の父とスコッチ・アイリッシュの母をもつ。
代表作『ナイン・ストーリーズ』『大工よ-目の上の梁を高く上げよ』など。一時期のアメリカ文学界の人気作家だったが、1965年以降沈黙を守る。
もう子どもではない、しかし大人でもない高校生のホールデンは社会生活の大人達の欺瞞に相容れないものを感じつつ友人達の共感も得られないまま半ば諦めの中で、自分は広いライ麦畑で遊ぶ子ども達が崖から落ちない為に見張ってる仕事をしたい、と語る。ナイーブでありながら饒舌、同世代の読者の共感は現在も変わらない。
「ライ麦畑でつかまえて」のタイトルの元になったのは作中の会話だった。主人公がロバート・バーンズの詩「ライ麦畑で会うならば」を勘違いしていたというのである。この詩はスコットランド民謡としてよく知られており、日本でも伊藤武雄の歌う「誰かと誰かが」の本歌である。(ロバート・バーンズについては項目10で既に挙げた)
*大島弓子さんも作品に『ライ麦畑〜』から使用されていた。
教師がジェルミに挙げたのはアメリカの人気作家の作品群であり、彼を本好きと見込んで会話の切り口にしたのだった。サリンジャーを明るいという認識はどこかずれているが、そのずれそのものが同作品に重なっているようで面白い。

吉田秋生さんの『バナナフィッシュ』はまさにサリンジャーの作品『バナナフィッシュにうってつけの日』からであり、作品の大きなモチーフに使われていた。

 
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ウィリアム・バトラー・イェイツ
「イニスフリーの湖島」(「The Lake Isle of Innisfree」) 【薔薇】(The Rose,1983) 『イギリス名詩選 平井正穂編』p.299岩波文庫ISBN4-00-322731-x  
Yeats(1865-1939)はアイルランドの詩人でその作品(詩や劇)においても現実的な生活においても、祖国の風土、政治、神話感受性から離れることはなかった。 今度こそ腰を上げて、私は帰りたい、あのイニスフリーへ、
そして、泥と小枝で造ったささやかな小屋を一軒建てたい。
森の一隅には九列の豆を植え、蜜蜂の巣箱を造り、
独り静かに暮らしたい、-蜂の飛び交う音を聞きながら。

あそこでなら、心の安らぎもえられよう。安らぎがゆっくりと夜明けの空から、蟋蟀の鳴くわが家に降り注ぐはずだから。
真夜中には月が皓々と輝き、真昼間には深紅の太陽が輝く、
そして、夕暮れには紅雀の羽ばたく音も聞こえてくる・・・。

そうだ、今度こそ帰ろう-あの湖の岸辺にひたひたと
打ちよせる波の音が、夜も昼も私の耳から離れないからだ。
この都会の街路や灰色の舗道にふと佇むときも、
あの波の音が絶えず私の心の奥底に響いてくるからだ。
1890年にロンドンで書かれ、のちにこの詩集に収録された。イニスフリーはアイルランドのギル湖の中の小島。

最初の一行「I will arise..」は放蕩息子の言葉(「ルカ伝」15:18)参照。

9行目「night and day」は穢れた霊に憑かれた男の言葉(「マルコ伝」5:5)参照。

左記は平井正穂 訳 *この詩の脚註にある、「放蕩息子」「穢れた霊に憑かれた男」はまさにこの時期ジェルミの状況そのままで、ここでこの詩が出てくるのはけっこう意味深な使い方。また、後の、バレンタインと過ごす島の生活にも重なってくる。

*9巻の表紙折り返しにはこの詩に関する萩尾さん自身の感想が書かれている。


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キーツ
『イザベラとバジルの鉢』   『キーツ全詩集』(出口保夫訳 白鳳社)『キーツ 光への旅 詩神に捧げられた魂』(安藤幸江著 北星堂書店)   
keats(1795-1821)イギリスの詩人。代表作『エンディミオン』 作中にはキーツの家が近くにある、というだけで名前が出てくるだけだが、項目28で挙げたように、扉絵のイメージがこの作品に依拠しているのではないか、と思われる。

この作品の中で、恋人を兄たちに殺されたイザベラが、森に埋められている死体を掘り起こした上で首を切り落とし密かに持ち帰り、バジルの鉢に隠す。そしていとおしむようにバジルの鉢から離れない…という件がある。この作品はラファエル前派などによって絵画にも描かれている。

  *森の中に死体が埋められている、というモチーフは『残酷な〜』でも使われていたし、ジェルミ自身の幻想にだぶらせてもいる。扉絵は恐らく、イアンをイザベルにだぶらせ、身内に殺された愛しい人の首を死体から切り落とし持ち帰るシーンなのではないかと推測する。
21 メンデルスゾーン 合唱入り「真夏の夜の夢」   劇音楽『真夏の夜の夢』シャンゼリゼ管弦楽団 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮  
 
Felix Mendelssohn(1809-1847)ハンブルグ生まれの作曲家。交響曲、協奏曲など多数。
シェイクスピアの劇を元にした劇音楽。物語は妖精王オベロンとタイターニアの諍いと人間界の男女のもつれた恋愛関係が入れ混ざり、妖精パックの惚れ薬のいたずらなどの喜劇。メンデルスゾーンの有名な結婚行進曲もこの中の一部である。   サンドーリーヌ・ピオ、デルフィーヌ・コロ(ソプラノ)シャベル・ロワイヤル合唱団コレギウム・ヴォカーレ *シェイクスピア「真夏の夜の夢」は萩尾さんの作品「真夏の夜の惑星(プラネット)」などもありお好きな物語であり音楽なのかもしれない。

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ワーグナー
「ワルキューレ」 【ニーベルングの指環】 新書館『ワルキューレ』ISBN4-403-11002-9 高橋康也・高橋迪 訳  
Richard Wagner(1813-1883)ドイツの作曲家。

オペラ、交響曲など多数。

ジークムントとジークリンデは主神ヴォータンがヴォルフェという名のもとに人間に化身して森に棲み、人間の女ヴォルフィンと交わって生ませた双子の兄妹。二人は兄妹と知らず愛し合い、その後で自分たちが双子であったことに気付く。「ワルキューレ」では"花嫁にして妹、夫にして兄"ジークリンデとジークムントの至高の愛が歌い上げられ、父と娘、ヴォータンとブリュンヒルデの最後の抱擁が語られる。双子の子供はジークフリート。彼は神である父を裏切った娘・ブリュンヒルデの夫になるがこれは後の話である。

*ワーグナーが依拠したのは北欧神話ジグムンドとシグニの近親相姦。神々の世界における近親相姦は割合に多く、相愛の双子神オシリスとイシスや、日本におけるイザナギとイザナミなど。

「ニーベルングの指環」四部作の一つ。1856年リストの誕生日を祝って『ワルキューレ』の第1幕がチューリッヒのホテルで披露された。リストがピアノで伴奏しワーグナー自身がジークムントとフンディングを歌った。1870年舞台化。1876年バイロイトで『ニーベルングの指環』全曲初演。 *この四部作の最初、「黄金の指環」は扉絵の「あそこにぼーっと光っているのはなんだろう?」にかかっている。愛を拒んだモノだけが手に出来、愛の代わりに権力を得るという黄金で作られた指環は最初水の中で妖精達に守られていたのだった。愛を拒むジェルミに重なるイメージかと思われる。

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ニコルソン・ナイジェル 「ある結婚の肖像」   『ある結婚の肖像 ヴィタ・サックヴィル=ウェストの告白』ナイジェル・ニコルスン 著 栗原知代・八木谷涼子訳
平凡社ISBN4+582-37323
 
Nigel Nicolson(1917- )

サックヴィル男爵の娘ヴィタと外交官ハロルド・ニコルスンの次男として生まれた。

1973年母の回想録をもとに両親の結婚生活を赤裸々に書いた本を出版し話題になった。

イングランド屈指の旧家にうまれ、21才で外交官ハロルド・ニコルスンと結婚したヴィタ・サックヴィル=ウェスト。50冊以上の詩や小説、伝記などを書いて、その内何冊かはベストセラーになった。夫であるハロルドは後に政治家に転身し、伝記作家としても活躍した。

この本は、母であるヴィタの回想録を元に、息子である著者が、補足的に状況説明をまとめ、自分の両親の夫婦生活を描いた。回想録は夫を愛しつつも同性である女性に性的に惹かれるヴィタの心情を隠すところなく書きつづったモノであった。また、全てを知りつつ、ハロルド自らも当時は法律で禁じられていた同性の愛人を持っている、というスキャンダラスな関係だった。ヴィタは何度も女性である愛人と駆け落ちを試みている。が、結局は性愛とは別に夫婦の絆は堅く、二人はお互いに信頼しあった関係であった。

この本は1990年秋BBC制作の4回ミニシリーズでドラマとして放映され、話題になった。

  ヴィタの同性の愛人にはヴァージニア・ウルフもいた。彼女は後に自殺しており、前出の『自殺の研究』にも名前が出てきている。(自殺の原因はこの交際ではない)

ヴィタの告白は、夫を愛しながらも同性に惹かれる自分の混乱した、極端に走る心情を隠すことなくつづっていて、彼女にとっては同性愛が自然なモノであった。時代が変われば倫理観も変わり、自分の告白も必要とする人がいるであろう、という先見を持って残されたもの。

*マージョリーのセリフでは、スキャンダラスなドラマの面白さが出ているが、内容的には同性愛をナチュラルとして捉えるモノかもしれない。
 
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ドニゼッティ
歌劇「アンナ・ボレーナ」(「ANNA BOLENA」)   ドニゼッティ・歌劇「アンナ・ボレーナ」全曲 1979年キングレコード   
Donizetti(1795-1848)

イタリア・ベルガモ出身の大オペラ作曲家。生涯に69~72のオペラを書いている。代表作:「アンナ・ボレーナ」「ルクレチア・ボルジア」「ルチア・ディ・ランメルムーア」「ポリウート」「ドン・パスクァーレ」「ドン・セバスチャン」他

イギリス王家の史実を元に創られた歌劇。イギリス王ヘンリー8世の2番目の妻、アンナ・ボレーナ(エリザベス1世の母)。王の希望に反して最初に生まれた女の子=エリザベスだけで後の子供は死産。しかも王はアンの不貞の噂を聞く。これは史実では真実とも王のきせたぬれぎぬとも言われている。不貞を疑われたアンは、その元の婚約者、楽師(二人ともアンに想いを寄せていた)とさらには実の兄までも一緒に処刑される。王はそののち愛人と結婚し、二人の間には待望の男の子が産まれた(のちのジョージ6世)。 1830年ミラノのテアトル・カルカーノで初演。ドニゼッティが世界的名声を得たオペラ。

1956年にドニゼッティの生誕地ベルガモで100年も忘れられていたオペラの蘇演。それを見たスカラ座の大御所ジャナンドレア・ガヴァッツェーニがマリア・カラスで上演することを思い立った。演出はルキノ・ヴィスコンティ、装置はニコラ・ベノア。上演にあたってガヴァッツェーニによって3時間強の長さを2時間20分程度に短縮したカット版。ノーカット版にはシルヴィオ・バルヴィーゾ指揮、スリオティス=アンナ・ボレーナのロンドン盤があるとのこと。(キングレコード)

エンリーコ(ヘンリー8世、イギリス王)=ニコラ・ロッシ・レメニ(バス)アンナ・ボレーナ(アン・ブリン、その妃、第二夫人)=マリア・カラス(ソプラノ)ジョヴァンナ・ディ・セイモール(ジェーン・シーモー、アンナ付きの女官であり国王の愛人)=ジュリエッタ・シミナオート(メゾ・ソプラノ)ロシュフォール(ジョージ・ヴリン、ロックフォード卿、アンナの兄弟)=プリニオ・クラバッシ(バス)リッカルド・ペルシ(リチャード・ペルシ卿、今でも深く彼女を愛しているアンナの以前の婚約者)=ジャンニ・ライモンディ(テノール)スメトン(スミートン、王妃の小姓、楽師)=ガブリエッラ・カルトゥラン(メッゾ・ソプラノ)ハーヴェイ(ハーヴィ、王付きの武官)=ルイージ・ルンボ(テノール)

ミラノ・スカラ座管弦楽団、合唱団(合唱指揮:ノルベルト・モーラ)指揮:ジャナンドレア・カヴァッツェーニ

1957年4月14日ミラノ・スカラ座での実況録音

*ライの街を訪れて「アンナ・ボレーナ昔の恋人の時代を感じる、というのは萩尾さん自身の感慨なのかもしれない。

*この"昔の恋人との不倫を疑われて"斬首される妃、というのは、リリヤ(グレッグの妻、イアン&マットの母)のことを思い出させる。彼女はグレッグに昔の婚約者との不倫を疑われ苦しめられた挙げ句に首をつって死んだ(と思われる)。その後、再婚するのも同じ。

 
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E.フンパーディンク 歌劇「ヘンデルとグレーテル」      
Engelbert Humperdinck(1854-1921)ドイツの作曲家、教育家。オペラ『ヘンデルとグレーテル』で知られる。 グリム童話「ヘンデルとグレーテル」を元にした歌劇。
両親に森に捨てられた兄妹ヘンデルとグレーテルはお菓子の家を見つけ魔女に捕らえられる。二人は力を合わせて魔女を退治し、魔法の壺を持ち帰り無事に家に帰る、というお馴染みの物語。
*No.23と合わせてマージョリーの趣味が偏っているところが面白い。
 
26
バッハ
平均律第一巻23番フーガロ短調      
→no.11参照 背景に使用されている楽譜。 *バッハのフーガが物語のキーとなって出てくるのに注意。"繰り返し"について明らかに意識されて使っておられるのではないか。
 
27
クリスティナ・ロセッティ
「上り坂」 【妖精の市場その他】(Goblin Market and Other Poems,1862) 『イギリス名詩選 平井正穂編』p.275岩波文庫ISBN4-00-322731-x   
Christina Rossetti(1830-94)D.G.Rossettiの妹でラファエル前派の画家や詩人と交流があったが、彼らの審美主義的なところとは異なり宗教的。 この曲がりくねった道は、ずっと上り坂なのだろうか?
そうだとも、登りきるまでは。
この旅はまるまる一日かかるのだろうか?
朝から晩までかかるだろう。

だが、夜になったら、泊まる場所はどうなんだろう?
夕闇が迫る頃には、泊まる家も見つかるはずだ。
だが、暗すぎて、見つからないってことは?
そんな心配は無用だ、宿は必ず見つかる。
この詩は、信仰の道を汗水垂らして昇ってゆく者の発する問いであり、作者の内面の対話となっている。 左記は平井正穂 訳 *つらく厳しい坂道をのぼる旅人は、この詩では信仰者だが、作中の二人の状況そのものでもある。対話形式が絶妙に生きているシーン。
28 キーツ 「イザベラとバジルの鉢」       
→no.20参照
29 マザー・グース     『マザー・グース 愛される唄70選』谷川俊太郎訳 渡辺茂解説 講談社 ISBN4-7700-2078-3  
イギリスに伝わる童謡。 特に作品名は出てこないが、日本では北原白秋が初めて紹介した。英米人にとっては必須教養でもあり、聖書やシェイクスピアと並んで映画や文学等の世界で引用されることが多い。 *萩尾さんは初期作品からマザー・グースをよく引用されている。『ポーの一族』や『 トーマの心臓』などで使われた作品からマザー・グースに親しんだファンも多い。
29 ストラビンスキー        
Igor Stravinsky(1882-1971 )帝政ロシア生まれの、今世紀最大の作曲家の一人。バレエ音楽『春の祭典』でセンセーションを起こした。
特に作品名は出てこないが、ディアギレフの率いたロシアバレエ団における『火の鳥』で一躍その名を知らしめた偉大な作曲家である。 *バレリーナであるマージョリーはバレエを通してストラビンスキーの音楽に親しんでいたのだろうか。バレエがお好きな萩尾さんもお好きなのかもしれない。
29 アバ        
(1973-1982)スウェーデン出身の4人グループ。1974年全英ヒットチャート一位。その後世界的にヒットを飛ばした。 特に作品名は出てこないが、イギリスでも人気のあったグループ。 *ここで分かるのは、童謡からクラシック、ポップスまで娘の好きなあらゆる音楽を思いつくままに挙げ、なんとか意識を醒まさせたいと願う母クレアの必死さである。
30 モーツァルト        
Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)オーストリアの作曲家。ウィーン古典派最大の作曲家の一人。 特に具体的な作品名は出てこないが、音楽史上に残る天才作曲家であり、現代に至るまで人気は高い。 *相変わらず意識が戻らないマージョリー。綺麗な音楽、彼女の好きな音楽を探すクレア。
31 セルバンテス 「ドン・キホーテ」   『ドン・キホーテ』セルバンテス著 会田由・大林文彦訳 白水社  
Servantes(1547-1616)スペインの小説家。『ドン・キホーテ』はあまりにも有名。 中世の騎士物語にかぶれた男が騎士としての冒険をめざして旅する、風刺に満ちた小説。共に引き連れたのが太めで気のいい男、サンチョ・パンサ。ロバに乗っていた。 *文学好きのジェルミが思わず連想してしまう、ほのぼのとしたシーン。
32 グリム童話 「白雪姫」   『グリム童話集2』吉原高志・素子訳 白水社  
ドイツのグリム兄弟によって蒐集整理された童話集。 「次男ヤーコプがおそらくマリー・ハッセンプゥルークから書き取った」とされる話。
美しい娘に成長した白雪姫を妬み、自分が一番美しい存在でありたい為に娘を殺そうとする妃=母親から逃げ出して7人のこびとと暮らすが、魔法の鏡によって母には姫が生きていることが分かる。再三物売りに化けては姫を殺しにくる母。その度にこびとたちに救われるが、3度目の毒リンゴを口にしとうとう死んでしまう。が、眠ってるかのような白雪姫はいつまでも美しいので、こびとたちはガラスの棺に入れた…。
…第二版以降、白雪姫の母は白雪姫を産むと死に、白雪姫を殺そうとするのは継母になっている。
*眠ったままのマージョリーにジェルミがこの話について自分なりの解釈を話す。なぜ実の母が娘を殺そうとしたのか。毒リンゴの象徴するモノはいったい何か?考えさせられるシーン。 
33 カリンカ     『バラライカによる決定版ロシア民謡集1』モスクワ・バラライカ・アンサンブル  
ロシア民謡 日本でもよく知られたロシア民謡。
「カリンカとは赤い実ののなる灌木"カリーナ"の愛称で、古いロシアではこの木の枝を折ることが結婚の証という習わしがあった。曲中プリマ・バラライカの速いパッセージが続くが、これはヴァイオリンの様に移弦をせずに一本の弦で弾くため、大変な難曲といえる。」
*イアン達の母リリヤはロシア出身で同郷の幼なじみ(元婚約者)がいた。慣れない異境の地で再会した彼とリリヤが歌う曲が「カリンカ」であるのは意味深い。そして、キーになるバラライカが三角形をしている、ということもイメージの重ね合わせに役立っているのである。
34 シェイクスピア 「マクベス」   『マクベス』シェイクスピア作 小田島雄治訳 白水社  
William Shakespeare (1564-1616)イギリスの詩人、劇作家。『ロミオとジュリエット』『ヴェニスの商人』『十二夜』『真夏の夜の夢』『リチャード三世』など 4大悲劇の一つ(『リア王』『ハムレット』『オセロー』『マクベス』)。ノルウェー軍との戦いに勝利し、スコットランドへ帰国途中のマクベスは荒野で3人の魔女と出会う。魔女たちはマクベスにスコットランドの王位継承を予言。魔女の予言を聞かされた夫人の野望にそそのかされ、マクベスは国王を暗殺する…。
*シェイクスピアは萩尾作品にはお馴染みの作家である。マクベス夫人が罪の意識から夢遊病を発症し夜中にさまよい歩くシーンなどはジェルミにも重なる。また、コクトー原作の「恐るべき子どもたち」(萩尾さんが漫画化されている)にも罪に汚れた手を洗い続けるマクベス夫人のイメージが使われている。
35 C.S.ルイス 「ナルニア国物語」      
Clive Staples Lewis (1898 - 1963)北アイルランドの大学教師、詩人、作家。 全7巻「ライオンと魔女「2.カスピアン王子のつのぶえ」「3.朝びらき丸 東の海へ」
「4.銀のいす」「5.馬と少年」「6.魔術師のおい」「7.さいごの戦い」

トールキンの「指輪物語」などに並ぶファンタジーの傑作。

*英文学に親しまれている萩尾さんのお好きなファンタジー作品かもしれない。現実的で皮肉屋なルールーも実は読んではいるのだろう。
35 ミヒャエル・エンデ        
Michael Andreas Ende(1929-1995)南ドイツバイエルン州生まれ。「はてしない物語」「モモ」などのファンタジー作品で知られる。父のエドガル・エンデはシュールレアリズムの画家。 具体的な作品名は出ていないが、ファンタジーの傑作で知られる。 *こちらはドイツの児童文学だがやはり作者の好みの反映か。時間の連鎖などどこか哲学的な要素のある作品。
36 コルボ        
Ruben Corbo(1952- )スイス出身の指揮者。 バッハやモーツアルト、フォーレなどの宗教音楽をレパートリーとする指揮者。 *ナディアのセリフとして語られる「コルボのバッハが好き」という言葉はそのまま萩尾さんの好みを反映しているかもしれない。
37 バッハ 「クラヴィーア曲集」   『J.S.バッハ 平均律クラヴィーア曲集 前奏曲とフーガ第1巻(全24曲)』(ピアノ)グレン・グールド  
→no.11参照 バッハのクラヴィーアとはバッハが作曲した、チェンバロとクラヴィコードのための作品集を指すだろう。1722年バッハ37歳のときに完成。「音楽の学習を志す若い人々の有益な使用のために、また、この学習をすでに身につけた人々の有益な使用のために」とバッハ自身が述べているとされる楽曲集。 *上述のように背景に使われた楽譜もバッハの平均律クラヴィーア曲集の一つである。オルガニストであるナディアには練習曲としてもよく弾く曲であったろう。

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