月の岩屋【萩尾研究ワークショップ】
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Anything O.K.?
text: 小西優里

2002/9/14 last update
all illustration by Fusami Jono

05この奇蹟を待ってた
11ファンの思いを受け取りたまへ

17水野英子の娘たち
23
消えた作品をもう一度
29
『ヒカ碁』の髪の毛を考える


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コニシイラスト ▼好 第5回

この奇蹟を待ってた

update:2002/3/30

 皆さん、こんにちは。「好了没有?」第5回は小西担当です。今回は少し前の話題から。
 昨年10月からTV東京系で放映されているアニメ「サイボーグ009」。私は石ノ森009の特別なマニアではありませんが、21世紀の009見たさに、どきどきしながら放映を待ちました。それが思いの外、ビックリさせられる出来の良さだったのです。
 アニメの009のオープニングといえば、旧世代なら絶対に頭から外せないのはあの「ゼロゼロナンバーのカウントダウン」ですが、これをちゃんと踏襲したのにまず快哉! その後に続く「約束」「あの場所」「もう一度」「奇蹟を待ってた」「夢広げ」「走り出す」…というような、009の世界を旧知で、愛している私たちめがけて発せられた言葉の数々、そして絵が動き出す。もはや、子供はそっちのけ、30分間食い入るように私は画面を見つめ、マジに肩が凝ってしまいました。第一回、ホントに凄かったです。
 こういった漫画作品のアニメ化で一番気になるのは作画ですが、今回の絵柄は後期の石ノ森009。原作の絵柄は年代でかなり変化があったので、どの絵で作られるのかというのも興味の一つでしたが、私にとって昔はあまりしっくりこなかった後期の絵が、今の空気によく合って魅力的で、これも大きな驚きでした。丁寧に演出され、よく動いて、原作の雰囲気を壊さない「綺麗」なアニメ。これって、ほんとにこの主題歌の通りに「奇蹟だわ!!」と叫ぶしかない! 
 音楽はTKこと小室哲哉が担当、彼はそうとうな009好きと報じられていますが、彼の起用に往年のファンは少々不安を感じたかもしれません。しかし、意外にこれが気にならない、いや、私などは絶妙であると感じるほど。まさに制作の全てにおいて「原典を好きでないとできない仕上がり」の仕事がここになされているのではないでしょうか。
 その「好き」は同じように好きな人にしかはっきり見えないかもしれない、でも、そうやって気持ちを入れて作ったものは明らかに煌めくオーラを発するのです。多くの人に愛され続けた名作に他人が手を入れるときは、まずは原典に尊敬の気持ちを込めて、誠実に、丁寧に扱ってほしい。そうすれば、いかようにも人を納得させることができると、素敵な成功サンプルを見た思いで胸が熱くなったのでした。

「What's the justice?」Composed & Arranged by Tetsuya Komuro, Written by KEIKO & MARC (globe)

コニシイラスト ▼好 第11回

ファンの思いを受け取りたまへ

update:2002/5/11

 この連休に遅蒔きながら『ロード・オブ・ザ・リング』を観た。私は活字のファンタジーがいまいち体質に合わず、名作誉れ高いトールキン『指輪物語』も幼少の頃から本の背を眺めるのみだったのだが、映画(吹替版)を観終わるや否や、書店へ直行、9冊もある文庫も、でかい公式ガイドも、『鳩よ!』バックナンバーの4月号指輪特集なども入手、たぶんこの後もトールキンの他作品のみならず多くの関連書を読むだろう勢い。これって1961年生まれのピーター・ジャクソン監督の強い念を、まともに受けとっちゃった結果なんだろうなと思う次第。この映画は3時間かけて「『指輪物語』ってこんなに面白いんだ〜〜〜っ!!」と全シーンで叫んでいる。ピージャクさん、ありがとう、思いっきり力のかぎり布教してくれて! 来年の次作公開を待ちきれず、長〜い原作を読まざるを得ない状況に追い込んでくれて!
 この映画については既にインターネットでたくさんの熱い感想や批評が提示されている。未読部分のネタバレを気にしつつも有里さんの「『ロード・オブ・ザ・リング』感想リンク」をガイドに、次々に指輪のlordならぬroadをたどってしまう。そこで出会うのは映画を観たたくさんの原作ファンの真面目な感想だ。ココは良かった、アソコも良かった、でも、コレが気になる、アレも気になる、ココまで作ってくれるのなら、コレはこうしてくれたらよかったのに。 
 既存ファンの血をここまで熱くさせるというのは、この映画が通り一遍の原作ものではないことを示している。更にはいきなり世界に引きずり込まれた私の例でもわかるように、映画から原作への誘導役としても凄腕だ。う〜〜ん、ここで感嘆すべきは緻密な仕上がりの元にある、真剣で真摯な指輪ファンとしての監督の姿勢か。
 このところつくづく感じるのだが、熱心なファンがすでにいる分野の制作物というのは、実績や知名度云々で判断するのではなく、原典を深く味わい、本気で熱烈に愛したことのあるスタッフにまかせるのがポイントに違いない。古くも新しくも「ああ、これはいいわ〜」と満ち足りた思いを持たせてくれるのは、それを編んだ人の色んな形での「好き」が感じられるものばかり。これはオタクはオタクな仕上がりを望むもんだと、単に一口で片づけてはほしくない。
 「紹介もの」―広く言えば、原典ありの二次制作物や、副次的に編まれた作品集、画集なども含むだろう― には、特別に斬新なアイデアや、見た目の派手さなどはあまり重要じゃない。欲しいのは、(何度も言ってしつこいが)原典を大事にする心と、紹介者側のスタンス「この作品のここを見せたい、見て欲しい!!」という熱いプレゼンテーションなのでは、と思うのだ。
 だからぜひ、少女漫画においてもそういった満足を得られる制作物が欲しいのである。受け手側はすっかり成熟して久しいのだ。頼むから、送り手のレベルアップを!! 業界さま。


『ロード・オブ・ザ・リング』感想リンク
http://alisato.cool.ne.jp/diary/etc/lotr_link1.htm

コニシイラスト ▼好 第17回

水野英子の娘たち

update:2002/6/22,25

 この春、水野英子の旧作が続けて出版されている。『白いトロイカ』『星のたてごと』『銀の花びら』(全て講談社漫画文庫)の巻末には、当時の連載で水野を読んでいた少女漫画家たちが通算数十通のファンレターを寄せている。社交儀礼でなく本音で「ファンでした!」と語るその文面は、初々しく熱っぽく、その世代からは聞く機会が非常に少ない、貴重なナマの漫画マニアの声だ。
 そこで何度も出てきて私が妙に気になった作品が『にれ屋敷』。調べてみたら最近の収録本は94年に刊行の『水野英子名作選/白いトロイカ』1巻[創美社発行・集英社発売]…これなら持っている。未読なのか既読なのかうろ覚えで情けないぞ自分…と思いながら本を出して目を通して驚いた!! これって萩尾望都『ポーの一族』直系の親だ〜〜!? 
 『にれ屋敷』は『りぼん』[集英社]64年1月号掲載64頁の怪奇幻想作品。前年に『すてきなコーラ』、同年に『セシリア』という発表時期からは少し意外な感じのする荒々しい描線で一気に描かれたこの作品が、当時リアルタイムで読んだ人たちにどれだけのインパクトを与えたのかは正直言って現在ではわかりにくいだろう。しかし、当時のファンの声をこうして聞きつつ『ポーの一族』(特に本編と『メリーベルと銀のばら』)を思い浮かべながら『にれ屋敷』を読んでみると、これが本当に驚きの作品なのだ。舞台はたぶん英国。捨て子だった少女ユリアは屋敷の忘れ形見アランと共に美しく成長したが、アランの存在を疎ましく思う叔父夫婦の奸計により彼は友人殺しの罪を着せられ、その後行方不明になる。そしてある嵐の晩、海岸で大破した船から一人の男が現れ、モンテ・クリスト伯ばりの復讐劇から一気に幻想の世界に突入する。『にれ屋敷』のユリアやアランを『ポー』のメリーベル、エドガー、アランと置き換えて読むと、クライマックスのシーンは衝撃だ。読んでみればわかる。この作品の随所に8年後の72年に花を咲かせるポーの種が蒔かれているのだ。
 しかし、私が長く読んできたなじみの少女漫画家ってほんとに全員「水野英子の娘」なのだなあ。これを知識でなく体感として味わえたのは先の巻末ファンレターのおかげ。私も小学生から水野ファンだし、サンコミの『ファイヤー!』は発行待ちで買ったものだ。でも、後に作家となった多くの人たちに水野がここまでの影響を与えていた…というより、手塚治虫以後という言葉があるように、水野英子以後という言葉もあるのだという実感は全然なかった。たぶん私が少女漫画に触れた時は、すでにその世界は大きく変えられた後だったのだ。15才で世の中に出た水野英子という偉大な「少女漫画の母」によって。
 私はそんな時代の水野英子の作品をもっと読みたい。上の世代の少女漫画マニアの当時の感想がもっと聞きたいし、直系の娘たちの作品も新しい目で見てみたい。更なる続刊を心から望む。


※双葉文庫名作シリーズでも『ハニー・ハニーの素敵な冒険』『ブロードウェイの星』が出た。演劇ものの『ブロードウェイの星』は『ガラスの仮面』(美内すずえ)の母でもある。

※「資料:水野英子の娘たち
文庫にファンレターを寄せた作家の一覧及び『にれ屋敷』収録本リストをUP。

コニシイラスト ▼好 第23回

消えた作品をもう一度

update:2002/8/4

 パソコン通信を始め、インターネットを使うようになって、たくさんの古い漫画を読む手段を手に入れた。もちろん私は読むため集めるために努力もしたし、それなりのお金も使ったわけで自分が読めて愉しめるなら他に何の問題があるだろう? でも、なんだかちょっと不満なのだ。こんなに掲載の元をたどり、絶版書籍を必死に探さないとたどり着けない少女漫画の世界って、淋しくない?
 確かに漫画は時代に沿って消費されていくものだし、特に少女は速く大人になる。ほんの一部の例外を除いて、5年もたてば読者が入れ替わり以前のものは忘れられてしまう。一世を風靡した作品であればあるほど、時代による傷みは激しいのかもしれない。そうして次から次に作家も作品も生まれては消え、残っているのはほんのひとにぎりというわけだ。
 しかし、ちょっと待て。少女漫画はそうやって常に消費されていくもので、用が済んだら売り切れ御免。本当にそれでいいのか? 
 例えばこのインターネットの世界で、古い作品の話題が盛んだ。ネットオークションでも、昭和30〜40年代の雑誌・付録・切り抜きなどが高額で取引されている。昔に持っていたり欲しかったりした懐かしいもの。それを今、再び手に取りたい、確認したいとたくさんの人が思い始めた。
 そういうかつての少女漫画世代に向けて、これぞと思う作品を各出版社は再びきっちり出し直してはくれまいか。バラバラと単発に中途半端にではなく、例えばシリーズを銘打ってその時代が見えるように腰を据えて。
 60-70年代に大活躍した作家たち。例えば巴里夫や北島洋子、西谷祥子に忠津陽子。当時は誰でもが知っているボリュームゾーンのメイン作家であったのに、今、入手できる本がほとんどないために、まるで少女漫画界に存在しなかったかの扱いだ。しかし、かつては確かに大きな輝きを持って、私たち読者を魅了していた。それは個人の夢でも幻でもない。
 確かにかつての作品たちは過去という枷から逃れられない部分もたくさんあるかもしれない。今、再び世に出ない理由というのも存在するのかもしれない。しかし、それらのモヤモヤを越えて、あの時代の漫画パワーというものは、出会った瞬間に私たちの記憶を呼び覚ます。
 「ああ、こんな作品があったあった! 大好きだった! 読んでたよ!」
 何度私は叫んだだろう。この何年か出会い直した作品たちに。
 そんな場面を私たちにもう一度用意してくれるなら、それだけでもその本に存在意義はあるじゃないか。少女漫画史における作品の位置とか、その作家のポジションとか、知りたいことも色々あるけどそれはもう後でもいい。文庫シリーズでも、セット買いでも、限定予約でも。とにかく消えちゃってるよりマシである。読み応えのある、思い出デパートの漫画群をもう一度!

※『月刊フラワーズ9月号』広告によると、西谷祥子『花びら日記』『奈々子の青春』は小学館FCDXで復刻されるようである。うーむ。


コニシイラスト ▼好 第29回

『ヒカ碁』の髪の毛を考える

update:2002/9/14

 『ヒカルの碁』。週刊少年ジャンプ。思いがけない萩尾先生の「はまってます」発言で、我が意を得たりとこれほど嬉しかったことは近年にない。部屋に絵を貼り、トレカを箱買い、読み返すたびにウットリするという現象はどうみても萩尾ハマリ以来の異常事態。
 例えばおかっぱ髪の塔矢アキラ。彼から目が離せない。まっすぐに切り揃えられた柔らかそうな黒髪に丹念に配された天使の輪のハイライト。感情に合わせてしなやかに揺れ動く髪を見るたびに胸は高鳴り、溜息をつく…ここでひっかかる。もしかして私って、アキラ本人よりこの「髪」が好き?
 「小畑先生の描く人物って髪の毛が多いよね〜」と指摘したのは当サイトの城野研究員。そう、この漫画はやはり髪が気になるのだ。対局で碁盤のある下を向く静かな構図が多いから、人物の髪が長い方が変化がついて面白い絵が描きやすい…そういう必然があるのかもしれないが、膨大に登場する人物の髪型は各々の役割にぴたりと合い、実に楽しそうに描かれている。
 そういえば、小畑がスケッチした最初のアキラは「おかっぱ」ではなく今風のワイルド(?)な髪型で、原作のほったゆみがそのイメージで物語を作ろうとしたら、なぜか彼はその姿ではうまく動いてくれなかったという。名人の息子アキラは囲碁の世界の由緒正しい血統を受け継ぐ少年。難産の末に描き手は彼に少女の髪型である「おかっぱ」を与えたが、そうすることで生まれ持った古い伝統だけでなく、アキラが素直で無垢に育ったことも同時に語った。また、彼と対峙する主人公のヒカルは棋聖・佐為が彼に取り憑くまでは全く碁に興味のない小学生で、彼には2色メッシュという派手で突飛な設定が与えられた。読者は二人の髪を見るだけで、彼らの住む世界の違いを一瞬で理解する。
 また、単行本5巻あたりから「髪の量」がなべて増えるのも興味深い。特に顕著だったのは院生1位の実力を持ちつつもなかなかプロ試験に受からない伊角。当初の登場では平凡で優等生的だった彼の髪型だが、プロ合格をかけたヒカルとの一戦の苦悩によって、見るからに髪は増えた。その後、自分の碁に不安を抱えて渡った中国棋院で主役を張る16巻では、彼の迷いをそのまま現すように髪の毛はざんばらとなり、前髪は目に覆い被さって読者にも先が見えない辛い思いを共有させた。
 このように「髪」について非常に意識的な『ヒカ碁』なのだが、現在連載中の第二部には主要な長髪キャラであった佐為がいない。その欠落感はあまりに大きい。しかし、それを埋めるべく新しいキャラが最近登場。この髪型が碁打ちキャラとしては新鮮で、大注目。彼はこれからの物語でどんな役割を担うのだろう。それに古参のキャラたちの微妙な変化も見逃せない。最近、和谷がヒカルの謎と自分の碁に悩み、髪が再び増量中。彼も今後どう化けるのか予断は許さず、「髪」ウォッチャーとしてはやはり毎週が楽しみなのである。

※『ヒカルの碁』原作/ほったゆみ 漫画/小畑健 監修/梅澤由香里五段(日本棋院)[発行:集英社]
※「ワイルド塔矢」は『ヒカルの碁 碁ジャス☆キャラクターズガイド』[発行:集英社/ジャンプコミックス]p134に所収。

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