月の岩屋【萩尾研究ワークショップ】
theme 02

Anything O.K.?
text: 天野章生

2002/8/25 last update
all illustration by Fusami Jono

03ドカベンはトゥシューズの夢を見るか!?
09母と娘の間
15
禁忌は破るためにある

21それは恋に似ている
26失われた場所を求めて

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アマノイラスト ▼好 第3回

ドカベンは
トゥシューズの夢を見るか!?


update:2002/3/16

 2月は逃げる月とはよく言うが、書店をちょくちょく覗く私にとってこの1ヶ月はひたすら長かった。なんせ『ダヴィンチ』連載中の『舞姫』(山岸凉子)が休載だったからである。お陰で私は(千花ちゃんはいったいどうなるの〜〜!?)とはらはらしたまま2月をようやくやり過ごした。書店の棚に行っては既に何度も見た藤木直人のにっこり微笑む表紙に、はあ〜、と溜息をつく。(綺麗なお兄ちゃんもいいけどね、まだ次は出ないよね、そりゃそうだ、ああ…)。
 思えばこんな風に待ち遠しい思いで連載のつづきを気にするのは、中学生の頃読んだ『週刊チャンピオン』掲載の『ドカベン』(水島新司)以来、ではなかろうか。あの頃一イニングに何ヶ月もかかる連載に(里中ちゃんの肩は最後まで持つのか〜?)などと身悶えた気持ちとまさにおんなじ!なのだ。或いは(次の打席はハッパちゃんだよ、もうおしまいだー!)と叫んだまま一週間が過ぎる、とそこにはぐるぐると度の強い眼鏡をかけるという裏技でストレート球を見事にかっとばす驚きの展開が待っていたりした。今月号の『舞姫』もまさに「こうきたか〜〜、美智子先生!!」の展開だった。1人でくっくっ、と笑う美智子先生の考えていることはさっぱり分からなかっただけに六花ちゃん達と一緒になって(う、うそ!?)とあんぐり口を開けた。ああ、これでまた一ヶ月次を待つのか。
 そういえば「ドカベン」の主要キャラの1人、殿馬くんは元々ピアニストを目指していたような変わり種で、その天性のリズム感というのが彼のバッティングにおける強みだった。うろ覚えだけども、「白鳥の湖」を頭の中で歌いながらピッチャーの投球リズムを取り踊るようにホームランを打つ、なんてワザも確かあった筈だ。同じ曲で六花ちゃんはその個性的な想像力を垣間見せていたっけ…。野球漫画とバレエ漫画で、こりゃまた意外な共通項ではあるけど、これって棚からボタモチってやつ!?(なんのこっちゃ)
 キャラそれぞれの魅力と才能、欠点と長所、個性と限界、そして努力…が物語を織りなしていく。3人の少女達は踊ることに魅せられ、見守る読者達は少女達と同じ時間に息をする…。10代の自分と同じように続きが待ちきれない作品が今も新たに読めること、読者としてこんな幸せなことはない。これからも目が離せない逸品!とリアルタイムで読むことをお薦めする。

アマノイラスト ▼好 第9回

母と娘の間

update:2002/4/27

 母は変なセーターを着る。みっちり太っている。ともかくよく食べる。バッグにはいつも何か食べ物(中でもカンロ飴は常備か)。でも痩せたいとは思うらしい。形だけ運動をする(気休めにしか見えない)。深夜にコンビニ通い。ソックスは手編みの五本指。
 新聞紙でごみ箱を作る(それをけっこう自慢にしている)。おまけに作ったのを娘の部屋に勝手に置いたり友達に勧めたりする。鈍そうでいて意外に鋭く、いろんなことをずけずけと平気で言ってくる。…だけれど若い時はほっそりして美人だった…。
 岩館真理子『月と雲の間』[講談社]を読んだ時(うわ、うちの母親みたい!)とまず思った。作中、長女のほなみが言う「女同士ってね 地底深くに熱いマグマがうねうねしてるの きっかけさえあればいつでもドカンよ」まさにその通り! 同性の近親間ほど厄介なものはなく、日々積もった感情はいつでも爆発するきっかけを待っている。
 作品の母親は夫と離婚後、長女・23才のほなみと二人暮らし。父親と暮らす次女・17才みのりもよく遊びに来る。女3人はそれなりに仲が良いが、同居のほなみは上に並べたような母の言動に時々げんなり…。プライドを傷つけられたり、ささいな事で喧嘩をしたり…。読みながら大受けしつつ、ほなみのげんなり感に無性にシンクロしたのだった。
 例えばうちの母がかつて言った。「あんたは外にいる時は変に澄ました顔をしているね、家にいる時とは全然違うよ」(ムキーッ#)母の指摘は身内ならではで、正しく当たっていただろう。ほなみが何かと図星を指されてはピキっと来たように、イヤなところで鋭い観察眼を発揮する母。それは目の奥が痒いのを目玉をはずして洗えないようにどうしようもなく神経に触る苛立ちを与えるシロモノなのだ。
 例えばうちの母もぎっちり太っていて、自分でも痩せなくてはと口に出す。「ごはんは少しでいいよ」と言うからその通り"少し"よそってあげた時「たったこんだけ? ケチねえ」(ム!)自分で足したのを見たらそれは私にとっては"普通"の量だった(ホントに痩せる気があるんかい〜〜っ)。
 そして母の娘時代の写真を見た時の驚きとも困惑とも衝撃ともつかない複雑な気持。ほっそり痩せてけっこうオシャレもして…岩館作品の表紙や扉の若い綺麗な女性が作中の母親と同一人物と気付いた時の気持ちにとても近い。
 岩館がこの作品で描いた母親像はよりユニークかつリアル、どこにでもいる逞しいおばさんの姿としてぴたっと身近に迫ってきた。今では見る影もないそんな母達にも将来の夢と不安を抱えた可憐な季節があったのだ。美しい月と雲の間のはるかな距離を思い、けなげにがんばる作中の姿に遠く故郷の母を思う。年頃の娘達の苛立ちとそれと裏腹な母への愛情も等しく私のものであった。母と娘の間には熱くマグマが横たわる、だけどそれは切っても切れない血の濃さと愛の熱なのだ。


アマノイラスト ▼好 第15回

禁忌は破るためにある

update:2002/6/9

 私が中学3年生の頃、"危険な愛にめざめた"『JUN』(サン出版発行)*1という雑誌が創刊された。いわゆるムック本でコミックあり小説あり記事あり…の盛りだくさんの内容だったわけだが、それらが全てある特殊な興味の方向に統一されていたのだった。表紙を飾ったのは『風と木の詩』で少年愛モノという分野を真っ向から切り開いた竹宮恵子*2。麗しいカラーイラストは10代の私をドキドキさせたけども、書店で買うのにもドキドキさせる艶めかしいモノ。中を開くと妖しげな写真記事がこれまたカラーで、ページをめくる私をぎょっとさせるのに十分なインパクトを持っていた。出来れば誰も知らない町で買いたい…と思わせるほど、と言えば少しおおげさか。
 今でこそ、"やおい"だの"ボーイズラブ"だのがどこの書店にも溢れかえり(おいおい、ここまであからさまでいいのか〜)と突っ込みたくなるような大胆な表紙が平台に堂々と並んでいたりもするのだが、当時はまさにこれ一冊。業界の異端児、パイオニアもいいところである。最初は家で1人で読むのも憚れる感じがして、友達3人と休み時間に教室の片隅できゃあきゃあ騒ぎながら読んでいた。今にして思うと学校で見つかる方がリスキーだったと思うのだが、いけないことを友達と分け合うのはどきどきわくわくも増大するし、人はやっちゃいけないよと言われればそれをしてみたくなるんである。だから鶴女房も帰っちゃうし、雪女も帰っちゃうし、浦島さんもじじいになっちゃう。そんな訳で私は友人達とすっかり"危険な愛"に目覚めてしまったのだった。ちなみにこれは『JUN』のキャッチコピー、疚しいことこの上ない。
 ところで"やおい"という言葉は、「ヤマなし、オチなし、意味なし」の略で、坂田靖子、橋本多佳子、花郁悠紀子らが参画していた同人誌『ラヴリ』の中で発生したらしい。言い出したのはこの3人ではない、同人の誰かだったようだ。きっちりしたストーリー展開を持たない、雰囲気的な作品を自嘲して指していた言葉だったのが、いつの間にか発祥地・金沢を遠く離れ、同性愛を扱った作品群などを指すように勝手に一人歩き。最近ではパロディ化したモノを指したり定義付けの難しい言葉になってしまった。言葉は生もの、いかようにも変幻するらしい。そうしてなんだか分からないままに巨大市場となったこの"やおい"と呼ばれる分野は今では大手を振っているのだが、『JUN』の創刊の頃、親に隠れるようにこそこそ読み、こういう本を読むのはいかにも×××だよね、、と少数派を噛みしめながら教室の片隅に生息していた私から見ると、そういう禁忌の中でこそ味わえるモノってあったなあ、としみじみ思うのだ。何もかもをあからさまに書かれるよりも、ほんの少し出てくる淡いキスシーンにどきん!とする。禁忌はまさに破るモノ、だけど、やっぱり規制や制約の中での方が破る楽しみも大きいのかもしれない。

注)*1 創刊してしばらくして『JUNE』に誌名変更。出版社は現在マガジン・マガジン。
*2 現在はお名前の漢字を一字変えておられる。竹宮惠子


アマノイラスト ▼好 第21回

それは恋に似ている

update:2002/7/22

 一目会ったその日から恋の花咲くときもある…人呼んでそれを"一目惚れ"と言う。そしてマンガ読み体験でもごく稀にこれがある。ヒトメボレならぬ、ヒトヨミボレとでも言おう、私にとっては高野文子「絶対安全剃刀」(『JUNE4号/1979.4月号』初出)がそれだった。15才の春のことである。
 掲載は前回のコラムに書いたコミック誌、ジュネ。大人になった現在、この雑誌を先鋭的なサブカル本と括ることは簡単だが、当時地方でぼんやり暮らす子供にとってはまさにびっくり箱、ある日ページを繰った先に高野の世界が待っていた。
 タイトルがまず変わっている。顔とか剃るアレ?で、いったい何が始まるのかと思うまもなく、部屋らしき白い空間で繰り広げられる2人の少年の不可思議な会話。まるで前衛的な舞台を見るような感覚に囚われ、まるで現代詩を読むような独特なリズムのあるネームを舌で転がし、柔らかく無駄の無い洗練を見せる描線を目で味わった。そう、たった9ページの小世界に私は一発で参ってしまったのだ。しかもその世界は結局のところ何をどう受けとっていいのかよく分からなかった。だからこそ繰り返し読み、何度読んでも分からないまま、理屈抜きでいっそう惹かれた。(このひとは凄い!!)その名前は心に深く刻み込まれた。
 高野がさべあのまとともにコミック界のニューウェーブとしてマニアックな筋には既に注目され始めていたのを知ったのは、ヒトヨミボレの後読んだ『ぱふ』か何かの記事だったかと思う。そこには「ふとん」(『別冊奇想天外SFマンガ大全集PART3』初出)等の紹介もあり、私はまだ見ぬ作品たちに恋焦がれた。注目筋とはいってもなんせ寡作でマイナー、初コミックが出るまで3年…じぃっと待った。ただひたすら待った。現在のようにネットで情報検索も出来ない。街で一瞬だけすれ違ったあの人にもう一度会わせて、お願い神様!!…みたいなモンである。だから待望の作品集『絶対安全剃刀』(白泉社刊・1982年初版)を手にした時には静かに興奮した。『ぱふ』でカットだけ見ていた「ふとん」も「田辺のつる」も全てが期待以上だった。「いこいの宿」などには大笑いである。(ホントにこのひとは凄い!!)大事な大事な1冊となった。
 その後も寡作なままマイペースで作品を発表している高野文子。あの江口寿史をして編集後記(『コミック・キューVol.2』1996年)で「おれより仕事しない」と言わせしめていたのには少し笑ったが、最新本『黄色い本』(講談社刊)が今年の2月に出たばかりである。本好きの人間にはシンクロして堪らない表題作を始め、高野らしい、いい感じに力の抜けた心地よい温度の作品集。私のヒトヨミボレは一生続く恋の相手だったようだ。


アマノイラスト ▼好 第26回

失われた場所を求めて

update:2002/8/25

 "しゃかしゃかしゃか"という擬音とともにコマの右手から這い出たキャラが一人、二人、続くもう一人は"きりすと"という不可思議な擬音で飛んだ。それが"しゃか(釈迦)"に対する洒落と気付く間もなく、得体の知れない3人は枠線を超え飛び回り、ふきだしを抱きしめ、不穏なギャグを連発し、読者に一切の説明もないまま(いや、1人は男色家であることがぶちあげられたが)ばったりと果てた。…これが鬼才・猫十字社「黒のもんもん組」初登場の回。当時読者の多くが「なんじゃこりゃあ!」と呆気にとられた筈だ。故・松田優作演ずるジーパン刑事の最期のように自分が撃たれたことに気付かないまま。そうして通称「黒もん」怒濤の怪進撃は始まったのだった。
 掲載は白泉社『ララ』、その1980年代。創刊以来数々の名作・人気作家を生み出し続けるマニアックなメジャー誌にあって、「黒のもんもん組」は少女マンガ世界や業界をもパロディのタネとし、果ては形而上ネタ芸術ネタまでを飲み込んだ不条理マンガであった。一方、同社『花とゆめ』では「小さなお茶会」というほのぼのした作品を同時期に連載。どちらかの作品だけだったら鬼才とまで言わない。シュールで強烈なギャグと、ほんわか優しい気持ちにさせるファンタジー、まるで阿修羅像の二つの顔のようだがそれはしかししっかりと一つの身体を共有し、さらにはその端々からまだ見せぬもう一つの顔をもほのかに感じさせていた…。
 『幻獣の國物語』【宙出版/1〜16巻】をまとめて読んだ時、そのもう一つが、具体的な絵となり物語となり目前に現れた気がした。非力で平凡だった筈の主人公が異世界で様々な困難・様々な人達に出会い、恐怖と闘い傷つき、それでも尚優しさを失わないまま着実に大きく成長を続ける。丁寧に描き込まれた世界は確かな存在感で作者の思い入れを画面から伝える。作画協力者を得たことで具現化した壮大なスケールの物語。しかしこれは残念なことに未完のまま。構想が途切れたのではない、描きたくて描きたくて堪らないのに掲載誌の相次ぐ休刊廃刊で連載がままならぬ、というあまりにシビアな出版界の現実の為、休眠を余儀なくされているという…なんともやりきれない。
 少女マンガ誌をリアルタイムで読むよりも、好きな作家のコミックスフォローになったのはいつからだろう。コミックに向ける時間が次第に減り、掲載誌を買わずに一冊にまとまってから読むようになった。が、それだけでは逆に作家達の活躍の場を減らしてしまってきたのだ。しかし未完ながら同作品は現在文庫で書店に並んでいる。あの!「黒もん」あの!猫十字社が渾身で描き続ける物語を是非手にとって頂き、描きたい作者と読みたい読者、その糸をつなぐ場所が少なく狭くなる昨今、物語への情熱を共有出来れば、と切に願う。

猫十字社公式サイト http://neco.cside5.com/]


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