| 月の岩屋【萩尾研究ワークショップ】 theme 02 好了没有? Anything O.K.? text: 卯月もよ 2002/8/31 last update all illustration by Fusami Jono |
02●むかし真白き獅子ありき |
![]() |
▼好了没有?第2回 むかし真白き獅子ありき update:2002/3/9 |
|
昔話は年寄りの十八番。であれば「図書の家」最年長の私としましては昔話から始めるのが無難でしょう。 |
![]() |
▼好了没有?第8回 むかし太陽におちし少年ありて update:2002/4/20 |
|
4歳の頃。山陰の地方都市で両親と生まれたての妹と暮らしていた。玄関のドアを開けると中に階段があるアパートの二階で。 |
![]() |
▼好了没有?第14回 むかし青ざめし少女ふたり居れり update: 2002/6/2 |
|
私の幼少期の漫画体験に「少女漫画誌」を加えてくれたのは、言うまでもなく(?)床屋さんである。私自身は髪をおさげにしていたので床屋さんのお世話になる回数は少なかったが、幼稚園児の妹は“刈り上げ”頭にさせられていたため、定期的に付き添いとして床屋さんに通っていたのだ。順番を待つための長椅子の後ろの壁面が本棚になっていて、漫画雑誌がずらりと並んでいた。私はそこで『マーガレット』と『少女フレンド』を読んだ。
どういうわけだかその頃の少女漫画誌には子供を怖がらせる内容のものが多かった。楽しいお話もあったのだろうけれど、記憶に残っていない。 怖いの筆頭は両誌競うように載せていた“恐怖漫画”、楳図かずおと古賀新一。トラウマ作りが目的だったのか?と出版社を責めたいくらい絵は見るだけで恐ろしく、印刷の紙面までも嫌な臭いを放っていた(単なるインクと紙の臭い)。特に楳図の力はすごくて、母に「怖いならやめなさい」と言われても、蒼くなりながら読んでいた(古賀漫画は飛ばした←絵が好きじゃなかった。ならば楳図の絵は好きだったのか..というと..ウーム??)。自分でページがめくれず頼んで先を確かめてもらったこともある。忘れられない幾つかのシーンがいったいどの作品のどういった場面なのか、大人になった今もなかなか確認することはできない。怖くて読み返せないからである。ある時、勇気を出して新古書店で立ち読みしたら早々に“想い出の場面”と再会してしまって手が震えた(本は買わずじまい)。 それ以外の、少女漫画誌ならではのかわいらしい絵柄の花をしょった女の子が主役の愛の物語さえ結構怖ろしかった。なにしろ主人公が押しなべて不幸なのである。けなげに正直に生きているのに、親は行方不明だし病気だし、自分もいじめられ誤解されさ迷い歩いてボロボロ。救いの手が差し伸べられてもタイミング悪く逃してしまう。最後には幸せになれるのだけど、それまでの苦難たるや。幼い子供に「人生はつらいことの連続。幸せはメッタなことでは手に入らない」とくり返し教えてくれた。また「世の中には貧乏人と金持ちの二種類いる」という世界観も植え付けてくれた。いったいいつの時代だ!といいたい60年代後半の日本である。 気を取り直して読み物ページを読んでみても、テレビのアイドルは笑顔の裏に貧しい生立ちと苦難の人生を隠しているというし、遠い外国でも天変地異に飛行機事故、難病奇病が溢れているらしく、不幸な子供がたくさんいると書かれてあった。 そんなこんなで目一杯漫画誌を読んだあと、刈り上げ跡も青々しい妹と店を出ると、決まって日の光に目が眩み、頭がずきずき痛み、胸がむかむかした。「床屋さんに行くと気持が悪くなる。」全国の床屋さんには申し訳ないが小学生の私はそんな公式を作ってしまった。 なお、現在の私の家族が一人も床屋に行かないのは、別にその公式のせいではない。と、思う。 |
![]() |
▼好了没有?第20回 喰わず嫌い。 update:2002/7/14 |
|
子供の頃、魚料理が苦手で、魚好きな母に「美味しいのに。食べてご覧。喰わず嫌いなんだから」とよく言われた。高校1年の夏、高知に旅行した。どこに行っても「たたき定食」と「太刀魚定食」しかなく(他のメニューもあったろうけど)仕方なく食べたら美味しいのなんの。以後、刺身と焼き魚は食べられるようになった。 |
![]() |
▼好了没有?第27回 また行かなくちゃ。 update:2002/8/31 |
|
お盆休みにイギリスに行ってきました。飛行機嫌い観光地嫌いの人と一緒だったのでなかなか制約が多かったのですが、自分が春に作った“自転車旅行ルート”の一部はぜひ辿りたい、そしてロンドンではイアンのアパートなんぞ探してみたい、と目論見ました。しかし渡航前に「残酷な神〜」再チェックの余裕なく、ロンドンでの資料メモを作れないままで出発・・・・。 |