月の岩屋【萩尾研究ワークショップ】
theme 02

Anything O.K.?
text: 岸田志野


2002/8/18 last update
all illustration by Fusami Jono

01オトメのユメは終わらない
07普遍で不変。偉大なるその教え

13当コラムも13回目ってことで。
19秘技、19年後返し!!
25ハッピーエンドのそのあとは
戻る

キシダイラスト ▼好 第1回

オトメのユメは終わらない

update:2002/3/2
 私が現在、定期購読している漫画雑誌のひとつに「ASUKA」がある。「ASUKA」には私が渾身チェックしている連載があり…その作品について語るのはまたの機会にゆだねたいが…とにかくその一作品をリアルタイムで読むためというのが購入理由である。
 この作品はわりと最近別雑誌から移行してきたので、私自身「ASUKA」を手に取るのは十何年ぶり。きっとここを読んでおられる方のほとんどが今やノーチェックの雑誌であろう。実際コンビニ等には入っておらず、発売日近辺を逃すと書店でさえすぐには探せなかったりして妙にドキドキさせてくれる雑誌である。そんなことはいい。
 私の中では、いろんな意味で派手だった創刊時の印象がとにかく強く、未だに「ASUKAといえば新雑誌」「ASUKAといえば馬屋古がババーン!とこっち見てるポスター」といった感覚であったりするのだが、それも今や昔。創刊時の豪華そうそうたる、そうでなくても私の馴染みのあるよーな執筆陣の名は、すでに今の「ASUKA」には見当たらない。…かろうじて知ってるのってCLAMPくらい…時は確実に過ぎている…寂しいじゃないか。
 そんなことを思いつつページを繰っていく。掲載作品の多くは“この世ならぬ者”のお話で、たいてい向かい来る敵と相対し各種超人的波動を出しまくり打ち倒し、まだ十代の身空で“人として生きる意味”とかをシビアに深刻に苦悩していたりする。すでに思春期の繊細な心など失い果てた私など「若いってアレコレ大変そうだよな…」としみじみするばかりであるのだが、ふとそんな中に、燦然と明らかに他とは違う光を放つ作品が。あったのである。
 酒井美羽『¥十億少女(ビリオンガール)』。
 故あって以前とはすっかり様変わりした土地に舞い戻り、思いがけず「おお!コレは知ってる!」というものに出会うのは誰しも嬉しいことであろう。特別ファンということもなかったのであるが(スイマセン!)、それでも酒井美羽の名を発見したとき、私は嬉しかった。
 以前と何一つ変わりない作風(&画風)、あくまで少女漫画王道をばく進。背景に花をこれでもかと散らしながら気持ちイイほどテンポ良く展開するストーリーは、「ドジでチビであまつさえ眼鏡の取り柄もない女子高生が、ある日突然借金のカタに大富豪(もちろん超美形)のところにお嫁に行くことになっちゃった!!一体これからどうなっちゃうの?」である。サスペンスあり、ロマンスあり、美形も各種取り揃い、んでもって当然ヒロインは眼鏡とったらカワイイに決まってますッ!なんである。
 さすがベテランの真骨頂、有無を言わさない怒濤ノリノリ展開。ショージョマンガっつーのはコレでしょうコレ!
 毎号私は拳を握る。そしてこの『¥十億少女』、最新4月号では“人気沸騰、巻頭カラー!”なのであった。
 私は嬉しい。「世代間の隔絶」なんて言葉は少女漫画には、きっと無い。

キシダイラスト ▼好 第7回

普遍で不変。偉大なるその教え

update:2002/4/13
 田辺誠一の結婚といい、前回のこの項といい、最近立て続けに私の周辺に浮上する『ガラスの仮面』である(ご本人には申し訳ないが、私にとって田辺誠一は何がどーなっても永遠に「速水真澄役者」)。先日もちょうどこの漫画を思い起こしていた。
 東京スカパラダイス・オーケストラの『美しく燃える森』という歌がある。奥田民生がゲストとしてボーカルをとり、CMソングにもなってちょっと流行った。この歌を聴くたび、私の脳裏には「フフフ…」と、月影先生のあの我が意を得たり!ってな定番微笑が浮かぶのだ。
 歌われている具体的内容と月影先生にまったくリンクするところはない。ではなぜに。
 この歌は“恋愛の終焉”みたいなとこを今時の歌にしては珍しく大仰な比喩を使って描いたものなのであるが(『美しく燃える森』ってだけでそれは察せられると思う)、歌だけ聴いて後から歌詞をよく見た私は、その内容と、歌から受けた最初の印象の違いにいささか驚いた。
 当然、さらっと聴いた程度では大まかにしかわからない。が、その時点ではコレすごい「かっこよかった」のだ。だがそう思って詳しいことが知りたいと歌詞を読めば…離れゆく恋人の心に嘆いた男の、半ば捨て鉢な寂しい(しかも妙にリリカルな)愚痴ってな感じ。私が漠然と抱いていた「のっぴきならないオトナの恋のキケンな駆け引き」といったフレーズはどこにも無いじゃないか。どこでそんな物語を私は勝手にこの歌から拾ったのだろう。
 歌い方だ。もちろん曲調や演奏の力も無視できないが、やはり一番はソコ。奥田民生がこの歌を、そういうハナシにしちゃったんである。解釈次第で、そして歌い手の表現力でここまで色を変えるものかと感服した次第である。
 そこで月影先生の微笑だ。遡ること第二巻。記念すべきマヤと亜弓の初直接対決、「4つの基本返答のみで芝居を続けよう勝負in劇団つきかげ」。
 相手がナニを言っても「はい」「いいえ」「ありがとう」「すみません」という台詞のみで切り替えさねばならないというあの課題。マヤの勝利で終わっているものの亜弓の健闘も素晴らしい、手に汗握る名勝負であった…それはまあおいといて。
 あの課題の主旨は「相手の言葉をどう受け止め答えるか」である。同じ言葉でも感情の込め方によって全く意味が違ってくる、そこを表現できるのが才能ある役者だと。
 思えばこの歌に関して奥田民生は歌ってるだけの立場。それは台本を与えられた役者と同じだ。月影先生の教えは演劇のみならず、表現というものすべてに普遍的に通用するのだ。さすが月影先生…私の耳には「ホホホ、覚えておきなさい!」とかなんとか、すでに高笑いさえ聞こえてくるほどである。私も「言葉」に関わる末席の人間として、この偉大な教えを忘れずにいたい。
 余談。この歌での奥田民生、スカパラ名義だってーのに結果全部持ってっちゃってるのだが…それってまさに“舞台あらし”状態。

キシダイラスト ▼好 第13回

当コラムも13回目ってことで。

update:2002/5/25
 すいません、またかよ!と言われるのを承知で、今回も『ガラスの仮面』の話。だって…手にしたら読んでしまう運命。前回の原稿を書くのに、この漫画を取り出してしまった時点で負け。わかっているからこそ私は日頃この本の保管場所を、わざわざ簡単には読めない所にしているほどなのだ。そんなワケでおつき合いを。
 季節も夏へと向かい、怪奇漫画の季節。美内すずえはご存じの通り、怪奇サスペンスのベテランでもある。美内すずえの怪奇モノはマジで怖い。『白い影法師』という学園怪談モノの恐ろしいキメゴマは、未だ私のトラウマだ。…って、『ガラかめ』の話じゃないのか? ええ、そうです。私は今回敢えて断言したい、『ガラスの仮面』は立派な怪奇漫画!
 まずにそう思ったのは三巻。桜小路くんが、マヤと二人で光溢れる公園にてボートに乗りながら、劇の台本をマヤと読み合わせるという場面がある。彼が、愛の告白の台詞を目の前のマヤに重ね合わせて語るというロマンチックなシーン。…ここ、全部マヤのバックが黒ベタなのだ。「あなたを知ってから、あなたを忘れたことなど一度もない」という熱い台詞が被る大ゴマなんて、普通だったら花咲き乱れていて当然なのに真っ黒。単に桜小路くんが暗いヤツだと片づけてすむ問題じゃない…桜小路くんは恋するが故に気付いたに違いない、マヤが背負うものが花ではなく闇であると!
 思えば彼同様、マヤの母も、マヤの演劇への異様な熱の入れように強く不安を感じている。彼らが何故に「芝居に熱中する彼女」に対し、そんなネガティブな想いに駆られるかといえば、その時の彼女が奇異だからだ。本来のマヤに対して愛着がある彼らには、愛らしい少女の身体が怪物に乗っ取られたかのように見えるのだ。
 彼らでなくても。漫画を読めば明らかだ。皆、その天才の出現に…感嘆する、あるいは喝采を送るより先に…まず恐怖している。要するに、引いている。その役作りのナニもソコまでってな程の努力の仕方は“ひたむき”を越えているし、実際の演技も尋常でない。凄い、凄いけど…「むっちゃ怖っ!」。
 主人公が才能を見出され、ズブの素人からやがて天性を発揮して、という設定はスポ根に似ている。物語に幾多登場する勝負に次々うち勝つマヤは確かに痛快だ。が、その勝利に、スポ根にはある爽やかさが、あんまりナイ。どちらかというとこれは『13日の金曜日』ファンが(シリーズ何作になろうが)ジェイソンの殺しても殺しても死なない様を「ああ…やっぱり」と確認している、という方に近い気がする。『ガラスの仮面』とは、次々と敵を喰らい、より強大化していくモンスター「北島マヤ」にひたすら恐怖する物語なのだ!
 名台詞といえば「マヤ…恐ろしい子!」であるし、“紅天女”って物の怪の類だし、月影先生はあのナリだし。この読みはあながち違ってない、と一人満足して終わる私である。

キシダイラスト ▼好 第19回

秘技、19年後返し!!

update:2002/7/7
 自他共に認める超ミーハー、W杯期間中は明けても暮れてもサッカーな日々を送っていた。そんな私のココロのサッカー漫画と言えば、かわみなみ『シャンペン・シャワー』である。
 まだJリーグの影さえ無かった19年前の日本において、海外のプロリーグを舞台にしたサッカー漫画が少女漫画誌に堂々と連載されていたことがいかに凄いかどれだけ早かったか、などというハナシは今更私が書くまでもない。大体、そんな前置きをせずとも、この作品はめちゃくちゃ面白く、今も瑞々しい輝きを放ち続ける傑作である。
 そうは言いつつ、再読してみて驚いた。今回このW杯によって唐突に降って湧いたと思いこんでいたサッカーへの興味は、実に19年前に蒔かれた種が芽吹いたにすぎなかったということを、思い知らされたからである。
 自分でも変だな、とは思っていた。自国開催とか日本代表大躍進といった点にはまるで思い入れが無いのに、今回に限らず「W杯」という言葉には何か得も言われぬ響きを感じる。ルールひとつ、オフサイドもわからんくせに勝ち点システムや海外リーグの仕組みは何でだか既に知ってたり。超絶プレイや劇的な試合展開にももちろん心動かされたが、W杯が終わった今、一番の興味は選手移籍問題だ。素人のくせに偏っている。
 どうやら私の興味は、サッカーそのものより「サッカーを“仕事”とする人達および現場」の方により強くあるようなのである。そしてそれは『シャンペン…』で描かれている部分に他ならない。
 この漫画には試合のシーンは少なく、あっても荒唐無稽な“秘技”の応酬で、大笑いしてる間に終わってしまう。そんなギャグの狭間で登場人物達はシビアに言う、「俺達は商品なんだ」。読者の私はギャグ漫画としての面白さに抱腹絶倒し、プロリーグの業界話に興味を抱き、職業人として生きるキャラクターに夢中になった。
 だが田舎の一チューボーにとって、現実は余りにも遠すぎた。海外サッカーの情報が載ってる雑誌など買う余裕はないし、テレビで試合の中継がしょっちゅうあるわけでもない。後に発足したJリーグは『シャンペン…』の世界とワタシ的に直結しなかった。
 この漫画は好きでも、実際のサッカーにハマるにはずっと至らぬままの19年。W杯が自国で開催される段になってようやっとだ。手を伸ばせばすぐにトップレベルの試合が見られる日常や、個性の際だつ華麗な選手達の溢れんばかりの情報に触れた私は一気にフォール。コレだよコレ!
 実際は19年も待つ必要は無かったのだが、それはこの漫画があまりに傑作だったのがイケナイ。まさかホンモノもこれほど面白いって思わないよなぁ。“秘技”繰り出す選手もいるし。
 ま、今からだって遅くはない。エスペランサ代表と同じ南米のチームが優勝を飾った今回のW杯。『シャンペン…』から始まっていた私のサッカーがここへ来て満を持す、ってのも巡り合わせのように思えるし!

キシダイラスト ▼好 第25回

ハッピーエンドのそのあとは

update:2002/8/18
 「『シンデレラ』はお城で幸せに暮らしました…。物語はここで幕を閉じてしまうけれど、 シンデレラのその後って、想像したことありますか? 憧れのプリンセス・シンデレラが、自分らしく生きる、シンデレラ・ストーリーのその後を、お届けします。」 
 これは『シンデレラ II』の宣伝コピー。きちんと正統なる続編としてディズニーから今夏発売されたOVAである。
 公式サイトの解説には「ストーリーとキャラクターを細かく分析、あくまで前作に忠実に再現しつつ、行動や言葉遣いを現代的にアレンジ。前作が彼女自身の物語だったことに対し、今回は彼女と彼女を取り巻くキャラクターたちのお話が描かれています」とある。
 まあ、今あの話を取り沙汰するなら、どうしてもそういう方向になろう。今の世の中、キャラクター性を無視にヒトの共感を呼ぶ話を作るなど難しいし、本来の『シンデレラ』において膨らましようがある部分というのが実にソコだ。たぶん一流のディズニースタッフのこと、キャラはそれぞれ魅力的に描かれ、ストーリーもエンターテイメント溢れる面白い話になっているんじゃないかと思う。「いつでも自分らしく生きること、それが大事!」というメッセージにしても、至極まっとうだ。
 …だけど。それを『シンデレラ』の続編でやるイミというのは何処にあるのだろう?
 いやワタシだってもう大人、意味はわからなくとも事情は察しがつく。あの有名な『シンデレラ』の続編となれば話題性もある。細かい説明はいらないし、大人だって昔を懐かしみながらまたお子さまとご一緒に!なんてカンジでアピールもしやすい。
 そう。未見なのに文句をつけるのは私としても本意でないが、でもなんか一言言いたくなるのは、この「手堅いカンジ」なのである。だって“手堅さ”って、“夢”と真逆にある言葉じゃないすか!
 憶測の業界事情などは棚上げにしてもだ。「自分らしく生きるシンデレラ」って、なんかリアリティ越えて所帯じみてる感さえある。たとえ相手が王子様でも結婚となりゃあいろいろある…でもいつでも自分らしさを失わなければどんな困難だって乗り越えられるよ!なんてハナシをされた日には、ココロに風がぴゅ〜と吹く。
 『シンデレラ』のリメイクやパロディは、既にあらゆるジャンルで古今東西ゴマンとある。少女漫画なんてまず『シンデレラ』ありきで成立し続けてきたといってもいい。あのシンプルなお伽話を元に、どれだけの傑作が生まれただろう。
 絶対不変の夢物語。ハッピーエンドの代名詞。いかにツッコミどころが多かろうと、イマドキに通用しなかろうと、本家の知ったことではない…と、堂々としてて欲しかった。“続き”なんて他に勝手にやらしときゃいいって。

[戻る]
 [HOME]


◎掲載の文章、資料及び図像についての複写および転載はご遠慮ください。
ご意見・ご感想は
BBS 図書の中庭まで