月の岩屋【萩尾研究ワークショップ】 2000/8/26 last update
theme 01: Keyword Rally PART1

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keyword No.6
流浪の民

 慣れし故郷を放たれて夢に楽土求めたり。
 萩尾作品で「流浪の民」といえば、間違いなくエドガーであろう。歌に歌われているような「絶ちがたい望郷の念」という部分でなら『スター・レッド』のセイが筆頭だろうが、求めるものが明確な分、彼女の心は流浪はしない。彼女はその赤い瞳で火星を見つめ、火星に恋していた。恋ならば、迷わない。流れさすらわない。
 ひきかえエドガーが、何をもって流れさすらう民であるかといえば、やはり幻想の中の妹、に対してであろう。セイにとっての火星は、エドガーにとってのメリーベルだ。しかしその感情は「恋」ではない。エドガーのそれは「感傷」、センチメンタリズムである。
 血の繋がった妹だから恋の対象になりえない、という単純な話ではない。「恋」には(たとえそれが過去のものであっても)その身に対象を思い起こすだけで、時に至上の幸福に導く瞬間がある。その瞬間の為だけに、ともなう苦痛や煩悶を耐えているようなものでさえある。だがエドガーのメリーベルへの想いは、彼を「至上の幸福」へは導かない。
 もうひとつ。「恋」とは対象が無くてはできない。彼自身も言っている、メリーベルと自分は「もうひとつにとけこんでいる」と。幻想の妹を思うことはすなわち、幻想の自分を思うことなのである。自分で自分を幻想の中に見てしまう、これがセンチメンタルでなくてなんだというのか。
 こんなことを書くと、彼が妹の面影とともにひたすらに喚起させるあの感情を、忘れようにも忘れられない絶ちがたい想いを「感傷」などと片づけるなと言う人もいるかもしれない。センチメンタリズムという言葉は否定的な意味合いを確実に持つ。感傷に浸ることは、たいてい逃避的であり、不毛であり、非建設的であるとされる。
 だが本当にそうだろうか?それはあまりに一面的だ。あくまで個人的意見だが、常にポジティブであることが絶対価値であるかのごときに最近は言われすぎだと思う。
 確かに、失われた時は甘美な、ありえない「永遠」の光を放つ。それに囚われて現実を否定し、現実と関わりを絶ってしまうのは危険だ。だが、時折そうした思いを(たとえそれが幻想であっても)胸に呼び起こすくらいのことに何の罪科があるというのか。
 過ぎた過去、今更どうしようもないようなことを繰り返し考えてしまう夜、月星はいつもより輝いて見えるものだ。後ろ向きだろうが非建設的であろうが、そんな夜の美しさを知らないよりはずっと良いと私は思うのである。
 そしてやはり、キーワードと内容とは、ずれた結果になるのであった。終わり。

城野イラスト「流浪の民」

 

No.6 text:岸田志野 illustration:城野ふさみ keyword:卯月もよ 2000/7/29
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keyword No.7
ミトコンドリア

 個人的なことを言って申し訳ありませんが、私は完全なる「文系」人間で、人が呆れるほど理系分野を解する能力が無い。ですから「ミトコンドリア」なんつー単語を言われて自己脳味噌内検索かけたところで何一つ情報などありはしません。だもんで、一応かようなキーワードが出たらば一から調べるしかなく、調べたところでやっぱり、よくわからないのである。終わり。・・・ってワケにはいかんだろう、おい。
 わからないなりに学術的な文章を読んでいると、面白いことが書いてありました。
 ミトコンドリアっつーのは簡単に言うと「細胞内のエネルギー生産所」で、酸素をワタクシ達のために日夜エネルギーに変換してくださってるらしいんですが、これ、昔は独立した生き物だった、という説が最近では有力なんだそうです。遺伝子持ってるから。彼らは彼ら自身に刻まれたオノレの遺伝子を、次に伝える力があるんですねー。
 しかし。はたと考えて。じゃ何かい、今や私たち・生物すべての身体の奥底で働いてるこの方、元を正せば「外的寄生生物」だったっちゅうことに・・・。もしかしてもしかすると、ミトコンドリアにイニシアティブを取られちゃってたなんてことだってあったワケで・・・なんか怖いじゃないかソレ!(笑)。(<注・何もわからない素人の勝手な想像です。見当違いでも許してください)。
 そこまで考えて「なんか、そういう話あったよなあ」と思い出したのが、あのキノコ。『ぼくの地下室へおいで』のマラスミウスオレアデス。
 私はこの話を「第二期作品集」で初めて読んだんですが、どの話よりもこれが一番怖かったのだった、当時。(忘れもしない、この巻、待ちに待った第一回配本だった(笑)勢いこんで読んだせいもあっただろう)
 見えない塵が静かに静かにつもっていって、気づいた時にはもう遅い。何気なく口にするキノコが自分を知らぬ間にキノコ宇宙人に変える、というこの設定。読んで後しばらく、今まさに宇宙人は侵略をしてるのかもしれん〜どーしよー!?とか思ってたような記憶が。いや子どもだったし。でも今でもどこかで考えているかもしれない・・・。
 思えば私は、こうした「不可抗力」みたいな設定に弱いのである。運命とか、知らず知らずいつの間にか、とか。・・・はっ。
 進化成長の過程でいつのまにか体内に入り込んで、もうそれなしでは生きていくことも不可能。そして「遺伝子伝達」能力があって・・・。それってまさしく・・・萩尾作品と私の関係、ではないか!いつの間にやら萩尾作品に完璧に魅了され、「萩尾良いよ〜読んで〜〜!」などと日々布教活動にも余念のない今の状況、そうか・・・萩尾さんこそが・・・・。たとえがむっちゃ悪いって。要強力反省。

城野イラスト「ミトコンドリア」

 

No.7 text:岸田志野 illustration:城野ふさみ keyword:天野章生 2000/8/5
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keyword No.8
頭に花

 「頭に花」と言われて、それが「萩尾望都および同世代作家の自画像における、頭髪の先に小花が咲いているような表現」とすぐに思いつく人はどれだけいるのだろうか。「ええ??頭に花、わからない〜〜〜?」と電話口で絶叫し、しかも速攻該当カットのFAXを送ってくれた小西室長。お忙しい中お手数かけました。しかしそれが何かわかったところで何を書いていいのやら。室長の手間暇を思いっきり無にするヤツ。すんません。
 困った時には人に相談するのが一番!と、この件についても友人に相談しました。曰く「萩尾で頭に花、っていったらジンチョウゲだろう!!」。なるほど。人はいろいろです。
 私は『ポーの一族』シリーズも第一期作品集で初めて読んだので、このジンチョウゲがらみの物語(『メリーベルと銀のばら』と『エヴァンズの遺書』)を並べて一気に読んでしまいました。本来はこの間に『小鳥の巣』が入り、その後「トーマの心臓」の連載があり、ジンチョウゲな話には作中時間も発表時間もかなりあいている、なんてことにはあまり細かい配慮が行かなかったワケです、初読時の私は。
 で。読まされるままに間髪入れずにこの二つの話を読むと、メリーベルという人のキャラはすごく、違う。バンパネラ以前、以後、ということも当然あるんですが『エヴァンズの遺書』でのメリーベルは、『・・・銀のばら』のその人と比べると、かなり強気。言ってしまえばイケイケ。他ならぬエドガーの為とはいえ、目的の為には「私を愛してるって言ったのはうそ?」なんて男心を手玉にとるよーな、手段を選ばずなことまで言ったりする。ああ、あのはかなげに愛らしい、メリーベルはどこなの〜〜??
 第一期作品集ではまずのっけに『ポーの一族』が来ますから、メリーベルというキャラは、私の中ではすでにいきなりお亡くなりになってしまって、その後続く話にも特に彼女が主張するような話が無い。『・・・銀のばら』ではじめて「なるほど〜」なんつって彼女の本来の性格などをインプットし、ええ話や・・・などとむせび泣きつつ、その直後にこのノリ。混乱するのも無理はないというものです。初読時のインパクトというものは恐ろしい。私はその混乱をその後ずっと引きずってしまい、メリーベルは長いこと、私の中で「あんまりよくわからないキャラ」として君臨していました。
 だがしかし。今、私の第一期作品集『ポーの一族』1〜4には、小西室長が直々に貼ってくださった、発表順ナンバリングの付箋がはりつけられている。この順にそって読むと驚き!こんな私にもちゃんとわかるんです、メリーベルが!! 声を大にして言います。発表順で読まねばならないのです、この物語は。ほんっと順番次第で全然違うんですよ、メリーベルの印象・・・。

城野イラスト「頭に花」

 

No.8 text:岸田志野 illustration:城野ふさみ keyword:小西優里 2000/8/12
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keyword No.9
涙

 私は『城』という物語がかなり好きである。「涙」と言われて(この話以上に印象的な涙のシーンはいくらでもあるだろうに)一番に思い浮かんだのはこれだったので、自分で驚いたほどだ。とにかく本当に繰り返し繰り返し、そのモノローグのひとつひとつを覚え込んでしまうほど読んだ、大好きな一遍である。 この作品に、あまり派手なところはない。短いだけにストレートに物語は進み、難解な箇所など無いし、それだけに単なる教条的な話にも思える。かといって、よくよく読むと、この物語は何の「答え」も提示していない。 登場人物の「城」のすべては主人公の少年、ラドクリフの”見方”・・・要するに主観でしかないということを、小鬼はたびたび念を押す。実際それらの人々の城が彼の見える通りのものであるとは限らないのだ。作中一番美しく描写されているキャルガリ先生の奥さんの「城」でさえ、単にラドクリフにそう見えるというだけで、おそらく、品行方正なアダムのように、この奥さんの生き方を良しとしない人というのはたくさんいるだろう。「恋したことないのね」などという一言で皆が皆一様にラドクリフのような城を彼女に見る必要はなく、ラドクリフのほうが正しくて、アダムの見方が狭量だということにもならない。誰が正しいとか、その考え方は間違っているとか、この物語は何も言わない。ただ淡々と「人それぞれに自分の城がある」と語るのみである。
 思えば、その他萩尾作品にも似た印象を覚えることは多い。たとえば最後に神学校で学ぶことを選んだユーリにしても、それは彼が見つけた彼のための答えである。エーリクにしてもオスカーにしても(そして読者も)、ユーリが選んだ道が”正しい”からではなく、ユーリが”自分自身で”選んだ道だから、彼を見送る。 萩尾作品はいつも、たったひとつの結論を読み手に強要するようなことはしない。登場人物達はそれぞれの答えを導きそれに従い、それをどう思うか、読み手の数だけラストがある。また一人の読み手の中でも、印象は時を違えれば変わっていく。何度読んでも新鮮な読後感や、いつの時代にも色あせない普遍性は、この自由度もひとつ要因としてあると思う。
 そんなことを考えながら『城』を再読する。これを読む私は今もなお様々なことに迷い、けつまづいて、自分の城の石を積み上げては崩しまた積むといった能率の悪いことを相も変わらず繰り返している。最初に『城』を読んだ十代の頃と何ら変わっていない。
 だがあの頃と違って「自分を知るということ/見つめて目をそらさないこと」はつらいばかりではないな、と、最近では思っている私である。

城野イラスト「涙」

 

No.9 text:岸田志野 illustration:城野ふさみ keyword:卯月もよ 2000/8/19
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keyword No.10
抱きしめたい

 抱きしめるより抱きしめられたい。せめて自分がかけた想いの分だけでも相手が自分を想ってくれたら、というのは人として望む当たり前の感情である。そこがそうそう上手くいかないのが現実であるワケだが、そうそう上手くいかないことが驚くほど上手くいく、そんな夢を叶えるために少女マンガは生まれて、今も当然その役割は大きい。
 だが。萩尾作品にそういった話は、実はそんなに多くはない。
 ここのイラストを描いている城野研究員と以前「『スター・レッド』という話は出てくる人みんなが誰かに何かに片思いしている」という話をしたことがある。しかし思えば『ポー』しかり『トーマ』しかり、萩尾作品には実にこの「片思い」が多いのである。恋愛に限らず、友情、親子の愛情、いろんな形の想いが萩尾作品には描かれていて、しかしそのたいていは形としては報われない。誰かを何かを、想う強い気持ちのベクトルは向き合わず一方通行、たとえ向き合っているように見えても互いに同等の熱量ではなかったりする。せつない。
 片思いという感情のせつなさを知らぬ萩尾ファンはほぼいないだろう。なんで現実で思い知らされているようなことを敢えて読まされ、あまつさえココロ動かされたりするのか。おそらく、その作中の片思いな人々の第一のプライオリティが「報われる」というところに無いからである。報われない、ということが彼らにとって絶対的な不幸ではない。オスカーはエーリクは、ユーリがたとえ自分より神様を強く心の支えに思っても、それでいいと思っている。アランはエドガーがもういない妹の影ばかりを自分に見ても、彼から離れようとはしない。あれほど強く火星を想えるセイに、エルグはサンシャインは惹かれるのである。
 決して向き合うことのないベクトル、それはせつない。でもその気持ちを返してくれない相手でさえも、また同じせつなさを誰かに何かに見ている。自分にはそれが痛いほど「わかる」。はからずも彼らはそうまで想う相手とまったく同じ気持ちを共有しているのだ。読者もまたしかり。理解できないものに感情移入はできない。わかるから、よりいっそう想いは深くなっていく。そんなあの人だから、好き。あの人から抱きしめられたい、だがしかしそれより勝る気持ち、あの人を「抱きしめたい」!! 
 抱きしめられないことが不幸なのではなく、抱きしめられない自分は不幸であると決めることが、不幸なのである。その”不幸”から解放されることで、萩尾作品の登場人物たちは一歩進む。その運動は一方通行がゆえに循環し、同じ轍(わだち)をなぞっているようで決して円を閉じない。それは萩尾作品のモチーフにもある”らせん”の形によく似ている。

最後に。二ヶ月間、拙い文章におつき合いありがとうございました。読んでくださった皆様と、最高の作品を今も描き続けてくださる萩尾先生、素敵なキーワードとイラストを提供してくれた研究室の皆に、不肖岸田より渾身の「抱きしめたい」気持ちを!!

 

城野イラスト「抱きしめたい」

 

No.10 text:岸田志野 illustration:城野ふさみ keyword:天野章生 2000/8/26
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