最終更新:2002/6/5

hagiken-report 2002
第20回斎王まつり前夜祭
萩尾望都先生ゲスト対談「斎王を夢語る」―萩尾望都さんを招いて―
ご出演拝見レポート

■2002年6月1日(土)17:00〜18:00/三重県多気郡明和町・斎宮歴史博物館・斎王まつり会場
下記は当サイトの小西が斎王まつり会場に伺い、撮った写真と感想をまとめたものです。

会場までは「徒歩10分」
駅から
▲斎宮駅から「斎宮跡模型」その向こうには「上園芝生広場」、大きな「斎宮」という看板が立っています。
 さあ今年二回目のナマ萩尾望都先生にお会いするチャンスの日がやってきました。近鉄松阪駅から各駅停車で4つめの斎宮(さいくう)駅に予定通り夕方4時すぎに到着してほっとしたのもつかの間、私の予想とは裏腹に駅には人気がありません。本当にここでお祭りが? となんだか心細くなりましたが、前日に確認した地図ではこの方向(左の写真)に会場があるはず。時間もまだ余裕がありましたので、タクシーを使わずに会場まで歩いてみることにしました。しかし、地図の書いてある立て看板はあちらこちらにあるものの、情けなくもどうもぴんとこない。焦っているところに運良く土地の方に方向を確認でき、やっと歩き始めました。

斎王の森への道
この道をまっすぐ行けば問題なくたどり着くはず…と 思っていたのですが実は かなり距離があったのです。(正面に見えるのは「斎王の森・斎王宮跡」)
10分間、同方向に歩く人もなく、このまま行って大丈夫なのかとかなりなプレッシャーでした。
(真の方向音痴(^^;))

 途中には色々と見るべきものがあったのですがそのご紹介は後にしまして、とにかくひたすら歩き続けて到着しました会場に! おお、まさにここは祭りの雰囲気! 入口の道には係の人が立ち、奧には白い屋根のテントがたくさん見えています。でも問題の「対談会場」がまだ判明していないので、早く探さねばと焦る私に会場係のお兄さんたちから「奥さん、この引き替え券で向こうで粗品と交換しますから〜」「この花束も持っていってくださいね〜」と気持ちよく声がかかる。ああごめんなさい、ちょっと遠くから来ているので(ティッシュ3箱いただくのは、いや、ほしいけど)お花もしおれてしまうので(それより会場はどこなの〜!?)という、係の人には「あんまり愛想の良くないつまらない客」なやりとりを経て、やっと中央のステージ前にたどり着きました!
 
 
快晴の空の下、野花菖蒲の花が揺れて

立て看板
▲前夜祭のタイムスケジュールが看板に書いてありました。


立て看板
17:00〜18:00
対談「斎王を夢語る」
萩尾・望都・田畑・美穂

とあります。
この「・」にはどういう意味が・・?

 会場は芝生が一面に広がる見晴らしの良い場所で、物販をされているテントの向こう側に特設の小さなステージがありました。聞いてはおりましたが対談場所は野外の会場なのです。ステージから数メートルほど離れてロープが張られて、そこには既に地元の方と思われる方々が幾人かシートやござをひいて待っておられました。ステージの上には白いクロスがかけられた丸いテーブル。椅子は三席。右手前には、先ほど来る道すがら群生の美しさに見とれた野花菖蒲の紫紺の花が風に揺れていました。
 萩尾先生はどこにお座りになるのだろう。右だったら花でお顔が見えないかなとか色んなことを一瞬で考え巡らせ、でも、やっぱり順番的にはここだよね、と一番前の正面を確保し用意してきたピクニックシートとおざぶとんで準備を整えました。廻りには年季の入った萩尾ファンもお越しの様子。
 さあ、時間です。場内にも案内のアナウンスが何度も響き、ご登場となりました。
  萩尾先生ご登場  
   萩尾先生の今日の出で立ちは、濃いブルーのAラインのロングワンピース。スクエアカットの胸元には細かいピンタック、首もとにはやはり三重県ということでか清楚なパールのネックレス。ベージュの柄が散らされた白い薄手のロングショールが涼しげです。
  対談の様子
   左が今日の対談のお相手である、郷土史家の田畑美穂(たばたよしほ)先生。真ん中に萩尾先生、右が対談のコーディネーター(司会)をされた斎王まつり実行委員会会長の東谷(あずまや)泰明さん。萩尾先生は終始笑みを絶やさず、和やかにお話が始まりました。
対談
▲終始笑顔でお話しになる萩尾先生でした。
 「京の都から連れてこられた斎王は果たしてこの地で幸せだったのか」から始まり、萩尾先生が『斎王夢語』の脚本を書かれたとき強調したところ、面白かったところはどこかなどの話題を交えつつ、斎王にまつわる様々なお話が出ました。その中で萩尾先生は何度かおふたりに「(また)『斎王物語』という作品も描いてください」とお願いされて、「(インスピレーションが)上からやってきたら描きます」といつものようにお答えになる場面も。しかし「大来皇女(おおくのひめみこ)と大津皇子(おおつのみこ)のエピソードは掘り下げてみたい題材」と特におっしゃっておられました。大津皇子は絶世の美男とのことで、司会の東谷さんにも「萩尾世界ですね」とつっこまれ(?)、にこやかに肯定された先生は、姉である大来皇女はきっと強いブラザー・コンプレックスだったのでしょう、そんないい男の大津皇子が若くして亡くなったのは本当に残念でしたねと興味深げに答えられました。
対談
▲まだ若い斎王が多かったので、夕方になればきっとホームシックにかかってこの方向にあるふるさとの京都を思って涙した方が何人もおられただろう、という田畑先生のお話に舞台右手を指さす萩尾先生。

森
この森の向こうの鈴鹿峠を越えて、斎王は京都から伊勢へやってきました。
 また、伊勢という土地がなぜ選ばれたのか、それは温暖な気候に加え、食生活の豊かさ(塩とタンパク質)があったからという話題では「大阪湾にも塩はとれたでしょうに、なぜ伊勢湾なのか」と疑問をはさまれ、田畑先生の「大和盆地の皇族は皆、日の出ずる方角に憧れるのです」というお答えに、なるほどといったようにうなづいておられました。
 話も後半に入り、家族からも離されて一人伊勢に連れてこられた斎王という身の淋しさに重ねて、田畑先生がご自分も寮生活をおくった際にホームシックにかかったと話されたときには、会場の萩尾ファンはこの「寮生活」という言葉に「これはハギオ話題!」と胸躍らせたのではないでしょうか。すかさず東谷さんがそこをつかまえ萩尾先生に話題をふられ、おお素晴らしいっどのような質問を!?と期待したのですが、それは「萩尾先生が福岡から東京に出られた時はどうでしたか」というごく正当派なものでした(いえ、司会者としてあるべき本来の繋ぎだと思います(^^;))。萩尾先生はこれには「東京に来たら共通の話のできる友だちがたくさんできて楽しかった」と。ここから田畑先生がニコニコと「どういう本を出しておられるのか話してくださいよ」と素朴にお聞きになり、萩尾先生はちょっと説明に困られた様でしたが「一年の長期の休みを終えて、今日のこれが仕事始めになります。またぼちぼち描いていきます」「歴史物は、はまったらずぶずぶいきますので」とお話しになりました。
 最後に再び東谷さんから、これを機会にぜひ斎宮作品を描いてお披露目にいらしてほしいとラブコールされた萩尾先生ですが、先にもおっしゃっていたように「作品を描くときには何か天から降りてこないと描けないので、こういう天の磁場が強いところに立って、何か来い、何か来いと念じてみようと思います」と綺麗にお話を締められ、1時間の対談は閉会となりました。
 
終了
終了   萩尾先生、お疲れさまでございました。
会場風景
テントの中   対談後にテントの中で休まれる先生。
お隣はマネージャーの城さんかと思われます。

(左は会場風景/舞台は写真の左方向にありました)

余録:斎宮(さいくう)という土地の魅力

太鼓
開会式を挟んで、次の演目の「明和太鼓」が始まりました。

 だんだんと日が落ちていく中に開会式が行われ、その後は明和太鼓保存会による演技、明和音頭、斎王の舞、矢吹紫帆・矢中鷹光による斎王コンサート等盛りだくさんのプログラムがありました。対談の後に観覧席のロープの位置が更に後ろに移動したのをきっかけに一番前にいた私も席をたたみ、勇壮な明和太鼓の鳴り響く会場を後にしました。萩尾先生は休まれた後は皆さんと記念撮影などをされておられたようですが、その後も演目を楽しまれたのではないでしょうか。

 さて会場から出た後、観光コースにもなっている道を駅までまた戻りました。せっかくですので、少し拙スナップで紹介いたします。

浴衣の少女
▲前夜祭に集まってくる浴衣姿の子どもたち。小夜がここにもいるのかもしれません。
 
歴史の道  

会場の斎宮歴史博物館から
東へまっすぐ延びた道は
「歴史の道」として、
歩道に和歌24首を刻んだ擬木が
建てられています。

 
庭  

個人のお庭なのですが野の花が
あんまり綺麗だったので
つい撮らせていただきました。
こんな風にどこをみても
盛りの花が爽やかな風にそよいでいました。

 
斎王の森  

「斎王の森」入口付近。
堀立柱建物跡があるようです。
道を挟んで向かい側が「上園芝生広場」
6/2のメインイベントの「斎王群行」は
ここをスタートして斎宮歴史博物館へ向かいます。

 
上園芝生広場  

見晴らしの良い「上園芝生広場」

斎王の森を抜けると国の天然記念物に指定されている野花菖蒲の群生(※大きな群落地はもっと東にあるようです)が広がりました。
現在のハナショウブの原種である野花菖蒲(ノハナショウブ/俗称「どんど花」)の濃い紫紺の花は小ぶりで可憐です。6月が花時ということですが、今年は開花が早く、ちょうど見頃になっていたようです。

ノハナショウブ
そこを越えると斎宮駅の北側の「斎宮跡歴史ロマン広場」。今度は大きな花を咲かせるハナショウブです。華やかな紫、薄紫、白の花がどこまでも続いて咲いていました。 ハナショウブ
   温暖な気候ゆえの瑞々しく美しい土地にあり、豊かで美味しい食べ物や物資が集まったという斎宮。祭りのオーディションで少女たちに「斎王さんは幸せだったと思うか?」と尋ねたら全員首を横に振ったとのことですが、実際にはそれほど不幸でもなかったかもしれないと対談の中で田畑先生はおっしゃいました。そして、斎宮があったことでたくさんの知識人がこの地を訪れることになり、それが言葉を扱う才人(例えば古くは松尾芭蕉、佐々木信綱、現在では歌人の岡野弘彦など)を多く輩出した「文芸に強い伊勢・三重」という地域の伝統を生みだしたベースになったのではというお話には興味深いものがありました。そんな土地柄に、萩尾先生も遠方から気持ちよく足をお運びになるのかもしれません。折りしも執筆活動を再開されるというスタートの時、天からの啓示は降りたのか。萩尾先生の次の作品をとても楽しみに思いつつ、このレポートを終了いたします。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この興味深い素敵な対談を企画してくださった「斎王まつり実行委員会」、
そして萩尾望都先生、田畑美穂先生に深く感謝いたします。


参考資料:『第20回斎王まつり―今新たな斎王物語がはじまる』祭りパンフレット
近鉄発行『てくてくまっぷ(47)「斎宮跡の道コース」』
『華やか花紀行』『「斎宮のハナショウブ群落」ごあんない』リーフレット

参考サイト:【斎王まつり、斎王・斎宮関係のホームページ】
●『21世紀 斎王まつりのご案内
●『斎宮歴史博物館
●『明和町ホームページ


この記事の文責は全て萩尾望都研究室にあります。
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担当研究員:小西優里/作成日:2002/6/5


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